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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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不運なるヴィッツ・モンド

本当に俺が悪いのか。

それが背信だと言うなら、世界中に背信者が溢れてるんじゃないのか。


確かに、俺に信心なんてなかった。子供の頃は教会にも行ってたけど、

いつの頃からか足が遠のいた。別に俺だけじゃなかった。家族も友人も

同じように遠ざかった記憶がある。断じて、俺は特別じゃなかった。


恵神ローナが実際に存在しているというのは、間違いない話らしい。

神の実在が証明されているってのはなかなか凄い話だが、今となっては

ピンと来ない。別にそれは俺だけに限った事じゃなく、今という時代が

そうである事を求めているからだ。天恵宣告の慣習が廃れているのは、

何よりもの証だろう。


だけどそんな時代にも、神託師って仕事はきちんと存在している。

俺の生まれ育った街にはいなかったけど、世襲制だと聞いた事もある。

だったら、恵神から授かる天恵ってやつも、存在してるって事だろう。

時代がどうであれ、それを得ようと考えるのは掟破りでも何でもない。

少なくとも罪にはならないはずだ。時代錯誤と言いたきゃ言えばいい。

世の中がどうであろうと、今の俺は天恵宣告を受けたかったんだ。


思えばこの2年余、俺はあまりにも不幸や不運に見舞われ過ぎていた。

両親を相次いで亡くし、その直後に祖父を亡くした。その祖父の借金を

清算するために、家を売り払った。直後に、勤めていた会社が潰れた。

社長が女に入れ込んだ挙句に夜逃げしたという、救いのない理由で。


我も我もと俺の手元から消えていくあの喪失感は、もはやトラウマだ。

気付けは俺は、家も職もない孤独な人間になり果てていた。結婚前提で

付き合っていたあの子も、迷いなく関係を絶って俺から去っていった。

涙も出ないというか、開き直った。あそこまで行けば、逆に清々した。

もう一度出直すしかないとなれば、意外と前を向けるもんだと思った。


幸い、手に職はつけている。大工としての腕にはそこそこ自信もある。

会社が潰れて失業したのではなく、独立したと考える方が前を向ける。

ものは言いよう…って奴だ。後は、とにかく仕事を見つけるだけだ。

借金の清算は何とか問題なく済み、少しばかりの金を残す事も出来た。

兄弟もおらず、身軽になった身だ。ならちょっとやりたい事をやろう。

ただ単に遊び惚けるとかではなく、自分の未来の糧になるような事を。


そういったわけで、俺は天恵宣告を受けようと思い立ったのである。

別に大して期待なんかしていない。生きる糧になるか不明な力なんて、

当てにする方が馬鹿というもんだ。ショボくて結構。それならそれで、

いい笑い話になるだろう。


しかし、やっぱり現実は俺の予想の斜め下へ突き抜けた。

宣告を受けても天恵が覚醒しない。そんな救いのない結果が出たのだ。

心の問題ですと言われ、「背信者」とかいう肩書きを押し付けられた。



俺の不幸は、底なしだった。


================================


ふざけんじゃねえよ。

ひと晩寝て起きてこみ上げたのは、嘆きではなく怒りの感情だった。


そもそもの話、一体俺が何をしたと言うんだよ。何が背信者だよ。

そりゃあ、確かに信心は足りないのかも知れない。その点は認める。

でも考えてみれば、恵神ローナから授かる天恵とロナモロス教の存在に

絶対の繋がりなどなかったはずだ。もし俺が本当に天恵に覚醒できない

背信者なら、ロナモロス教の連中が何をしようと結果は同じなはずだ。


「五日後にまた来い」って言葉が、今になって実に胡散臭く思える。

ひょっとしてこれ、天恵的…もとい典型的な宗教詐欺の手段なのでは?

あまりに不運や不幸がかさみ過ぎ、かえって俺は冷静になっていた。

俺と同じように背信者のレッテルを貼られた連中は、どうしただろう。

案外、言われた通りまた出向いたのかも知れない。それもまた選択だ。


だけど、俺はもうどうでもいい。


大して期待もしてなかったんだし、もうこれ以上踊らされるのは嫌だ。

覚醒しないならそれでいい。もしかすると、あの時に宣告された天恵も

デタラメだったかも知れないんだ。いや、きっとそうに決まってる。

なら、さっさとこの街を出よう。



決めてからはもう、迷わなかった。


================================


とは言え、あてどもなく旅をする...なんて性分じゃない。街を出る前に

最低限の仕事の当てだけ見つけた。とりあえずそこへ向かう事にする。


応募したのは、古城の修繕だった。そんなに遠方の街じゃなかったし、

子供の頃に行った事もある場所だ。給金はそれほど高くないらしいが、

指定文化財の古城だから政府からの補助金が出ている。そういうのは、

まず途中で中止になったりしない。給金の遅延なんて事も起こらない。

何より工期が長いから、住み込みもOKというのが魅力的なのである。


もちろん、こんな半公共の事業だと採用の条件も甘くないのが常識だ。

だけど俺は失業中とは言え、今まで真っ当なキャリアを積んできた。

そのへんの日雇いなんかには絶対に負けない自信がある。知識面でも、

そして技術や経験の面においても。

昨日までの事は忘れて、新たな仕事に汗を流すのもなかなか悪くない。

こんな風に気持ちを切り替えれば、やる気も湧いてくるってもんだ。



まだまだ俺も30前。これからだ。


================================


「あれか。」


駅から現地までなかなか遠かった。ようやく高台にその城を仰いだ時、

すでに日は傾き始めていた。もう、今から行っても「明日また来い」と

言われるのがオチだ。そういうのは今、なるべく聞きたくない。

というわけで、今日は安宿を探すか野宿するかだ。寒い季節でもないし

そのくらい何てこともない。多分、雨も降らないだろうしな。


…しかし腹減ったな。

思えば昨日も昼しか食ってないし、今日も朝しか食ってない。そりゃ、

空腹も耐え難くなるってもんだな。とりあえず、どっかで何か食おう。

ええっと…


お。


あれ喫茶店か。ま、何かしら食事のメニューくらいあるだろう。よし、

今日はあそこでいい。早く食おう。

ええっと…


『神託カフェ オラクレール』か。



…何だ、神託カフェってのは?

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