我らはかく在りき
今さら取り繕う気など微塵もない。
あたしに、信心なんてものはない。あったとしてもとうに捨てている。
神の存在が確定しているとしても、それは幸せなんかもたらさない。
そんな慈悲があるのなら、あたしはあの家には生まれなかったはずだ。
誰にも似ていないせいで馴染めず、最初から最後まで忌み嫌われた。
実の親子だという事実は、かえって救いのなさを露わにしていただけ。
そんな家族を憎むあたしは、今さら宗教に染まる気にはなれなかった。
あたしが信じたかったのは、神ではなく天恵の方だ。15歳になった今
天恵はあたしの中にある。ならば、それに一縷の望みを見て何が悪い。
それは、あたしが生き方を変え得る最初で最後のチャンスだった。
秘かに待ちわびていた。だからこそマッケナー先生の誘いにも乗った。
信心の欠片もないまま、ロナモロスの門を潜ったのである。
だけど、現実は残酷だった。
あと少しというところにまで来て、天恵の結晶たる魔獣に裏切られた。
足に受けた傷以上に、心が折れた。正直な話、もうどうでもよかった。
勝手な独断専行をしたのも事実だ。マッケナー先生としてもこれ以上、
あたしを庇ってはくれないだろう。ならもう、殺されてもいいかなと。
あたしはもう、完全に諦めていた。
数瞬前までは。
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現教主であるミクエ・コールデン様と、幹部のゲイズ・マイヤール。
その二人の姿を目の当たりにして、あたしの心は大きく揺れ動いた。
何なんだろう、この危険な感じは。
もちろん、ロナモロスという組織が定義通りの宗教団体とは思わない。
マッケナー先生やオレグストさんの言葉からも、それは感じ取った。
何かしら後ろ暗い事をしているのは明らかだったし、本気で隠す気も
ないんだろうなとは思っていた。
しかし、今に至り。
ゲイズ・マイヤールの放つ言葉が、あたしの概念を揺さぶっていた。
「ここだけの話ってわけでもない。まあぶっちゃけて言うけどさ。」
明け透けな口調で彼女は言う。
「教主のミクエは単なるお飾りよ。純真だし優しいし、シンボルとして
申し分ない天恵を持っている。でも言い換えればそれだけ。」
「…ロナモロスを統括しているわけではない、という事ですか?」
「出来ると思う?あんな子に。」
「無理でしょうね。」
素で即答してしまった。とは言え、紛れもない本音だし事実だろう。
あんな子にこの人が、いやあたしでさえまとめ上げられるわけがない。
「お飾り」という言葉はミクエ様を端的に、そして正確に表している。
「あの子は慈悲の心を持って教主であり続けているけど、本当の意味で
今のロナモロス教を率いてるのは、ネイル・コールデンの方。」
「…………………………」
その人は知っている。いつだったか目にした事もある。確か副教主だ。
得体の知れない気配をまとっていたけど、詳しい事は何も知らない。
いやむしろ、あたし自身が会う機会をふいにしていたのかも知れない。
どんな天恵を持つかも知らない。
「あんたが今日までやってきた事に関しては、ざっくり報告してる。」
「えっ」
「そんな驚く事でもないでしょ。」
フッと笑ったゲイズさんは、小さく肩をすくめて続ける。
さも当然と言わんばかりの口調に、背筋が寒くなった。
「マッケナーからも聞いてる。親に裏切られて恨んでるんでしょ?で、
さっきの魔獣で復讐しようとした…ってところか。」
「…………………………」
何もかも見透かされている。
マッケナー先生には勢いであれこれ話したけれど、あたしの想像以上に
その情報は共有されていたらしい。今さらながら、自分の甘さを呪う。
「でもまあね。気持ちは分かるけど容認は出来ない。あんな魔獣なんか
気安く作って放たれたら、それこそどんな結果になるか分からないし。
そんなリスクは看過出来ないよ。」
「でしょうね。」
見透かされた事によって、あたしは逆に不思議なほど落ち着いた。
「じゃあ、あたしはここで終わり…って事ですか。」
「は?何でよ。」
「だって独断専行しましたし、私怨で天恵を使おうともしましたし…」
「それがどうだって言うのよ。」
「…え?」
裁かれる要因にならないの、これ?
「あたしはただやり方がまずいって言ってるだけで、私怨だろうが別に
構わないと思ってるよ。きっちりと話してくれるのなら、何かの機会で
手を貸してもいい。」
「個人の復讐でもですか?」
「いいじゃん。立派な目的だよ。」
そう言い放ったゲイズさんの顔に、裂けるような笑みが浮かんだ。
「あの方法じゃ無理だって判ったんだから、あたしたちを頼りなさい。
何ならマッケナーに頼んでもいい。そのくらいやってあげるよ。」
「ありがとうございます。」
「いやいや、気が早いって。」
「前払いですよ。」
言い交わしながら、あたしは自分が笑みを浮かべている事に気付いた。
愛想笑いではない、本当の気持ちを顔に出すという「当たり前」を、
今さら思い出せた気がする。
そうだ。
みんな、壊れてるって事だ。
もちろん、このあたしもね。