ミクエ様はどんな人
「う…」
痛みによって途絶していた意識は、同じく痛みによって引き戻された。
右足から伝わる鈍痛が、否応なしにあたしの意識を引っ張り上げる。
現実という、痛みだらけの世界に。
「あ、やっと気が付いた?」
「…………………………ッ!!」
何とか開いた目に、憶えのある顔が映り込む。他でもない、命の恩人。
しかし今のあたしに、相手に対する感謝の念などは湧かなかった。
恨みだの何だの、そういった感情を彼女に抱いているからではない。
ただ単に、足が痛過ぎてそれどころじゃないってだけの話だった。
感覚で判る。まともな治療がされていないという事実が。圧迫感から、
止血だけは施されているんだろう。けど、伝わる痛みが半端じゃない。
あえて治療してないんだとすれば...
やっぱり、罰か報いなんだろうか。
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「だ、大丈夫ですか?」
出し抜けに声をかけられ、あたしはハッと逆方向に向き直った。弾みで
右足の角度が変わり、新たな激痛が走る。悲鳴を呑み込み、声の主へと
何とか視線を向けた。そこに座ってあたしを心配そうに見ていたのは、
同年代の少女だった。多分年上だと思うけど、何だか子供っぽい顔だ。
服装は立派だけど、はっきり言ってあんまり馴染んでいない感じ。
ってか、誰?
「ロナモロス教の現教主、ミクエ・コールデン様よ。会った事ない?」
「え!?…いやあの…初めまして。ウルスケス・ヘイリーです。」
「あ、無理しないで。」
「教主」ことミクエ様は、居住まいを正そうとするあたしを制した。
そしてゲイズの方へと向き直る。
「もういいですよね?」
「ええ、んじゃお願いしますね。」
「では。」
え、何なに?…何が始まるっての?あたし抜きで話を進めないでよ。
ちょっと、何をするつもりですか?痛い痛い!痛いから触らないで…
「……え?」
思わずあたしは目を見開いた。
耐えがたかったはずの足の傷の痛みが、音もなく気配もなく消失した。
鎮痛ではない。感触として存在していた傷の気配そのものが、消えた。
「治ったみたいよ。」
「え…こ、これって…」
「私の天恵【治癒】の効果です。」
あたしの足から手を離したミクエ様が、そう言って控え目に微笑む。
「安心して下さい。この程度なら、傷はほとんど残りませんので。」
「ありがとう……ございます。」
ありきたりの言葉しか浮かばない。そんな自分が歯痒かった。
しかし同時に、無理もない事だなと独りで納得もしていた。
ロナモロスの現教主・ミクエ様か。
何だか、思っていたのとはずいぶん違うんだなと。
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「くれぐれもお大事に。」
去り際に放たれたその言葉もまた、とことん教主にはそぐわなかった。
もう完全に気配がない。おそらく、共転移で帰ったのだろう。
あらためて、あたしはそっと傷口のあったところに手で触れてみた。
何もない。確かに、見た目でも感触でも、あの負傷は跡形もなかった。
「…治癒の、天恵……」
「なかなか凄かったでしょぉ?」
あたしの呟きに対し、対面の椅子に座っていたゲイズさんが答えた。
「あれがあたしたちのトップよ。」
「…そう、ですか。」
「どんな人間に見えた?」
「え?」
思わずあたしは頓狂な声を上げた。まさかゲイズさんが、これほどまで
遠慮なく問うとは思わなかった。
「どんなと言われましても…」
「いいよ。遠慮なく言ってみ?」
「…………………………」
「感謝とか配慮とかはいらないよ。思ったままを言ってみ?あたしは、
別に怒りもチクりもしないから。」
「分かりました。」
そこまで言うなら質問に答えよう。どっちみちこの人は命の恩人だし、
あたしは勝手な事をやらかした身。もはや開き直るしかなかった。
「正直言って薄っぺらいですね。」
「へえ、なるほど。」
「お優しいのは肌で感じましたが、相手を理解してるように見えない。
ただ怪我人がいるから治癒したってだけに見えました。あの人が今後の
ロナモロスを導いていく存在とは、とてもじゃないけど思えません。」
「気が合うねえ。」
かなり無礼な事を言ったと思うが、ゲイズさんが気にする様子はない。
いや、むしろ彼女は嬉しそうにさえ見えた。…この人、いったい何?
「どうしてそんな事言うんですか?それも、このあたしに。」
「そりゃ大事な天恵持ちだからよ。それと…」
「それと?」
「あたしたちがどんな存在なのか、もう少し知ってもらいたくてね。」
「…………………………」
あたしは、黙り込んだ。
この人を危険だと思ったわけでも、その言動に呆れたわけでもない。
問うべき事がなくなっただけだ。
何だろう。妙に納得してしまった。
教主ミクエ・コールデンという存在を目の当たりにし、その力の片鱗を
己の体で体験する事で。
彼女がどれほど取るに足らない存在なのかが、はっきり感じ取れた。
現実が見えていなさそうな言動に、侮蔑の念さえ覚えたのである。
そしてその感覚はきっと、あたしに正しく求められているものだ。
ゲイズ・マイヤールという存在が、それをはっきりと告げている。
どんな存在なのか。
初めて、本気で知りたいと思った。