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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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求められる力

時は、少しだけ遡る。


「ヴィッツ・モンドさん。あなたの天恵は【剛力】です。」

「………………………………」


沈黙。

静寂。

それ以上の何かが起こりそうな気配は、いつまで待っても無かった。

天恵を告げられた男性「ヴィッツ」も、不安に満ちた表情を浮かべる。

そして。


「…あ、あのう神託師さま。」

「何でしょう。」

「これで終わりでしょうか。何か、自分に能力が目覚めたような感覚が

湧かないんですが…」

「そうでしょうね。」

「えっ!?」


目の前で悲し気に首を振る神託師の姿に、ヴィッツは目を見開く。


「でしょうねって何ですか!?」

「あなたの天恵は覚醒に至らない。ただそれだけの話です。」

「ど、どうして…!?」

「ハッキリとは分かりません。心が恵神ローナの存在を拒んでいるか、

あるいは己の天恵を怖れているか。いずれにせよ、心の問題ですね。」

「心の問題って…どうすれば…」


顔色を失うヴィッツに対し、神託師の女性はフッと小さく笑った。


「焦りは禁物です。あなたの天恵に間違いはありません。とりあえず、

きょうはお帰り下さい。…そして、自分の心とじっくり向き合って。」

「そ、それでどうしろと?」

「兆しが見えないようなら五日後、もう一度来て下さい。いいですね?

五日後ですから。」

「は…………………はい。」


納得には程遠い表情を浮かべつつ、促されたヴィッツは出口へ向かう。

建物を後にする人影は、彼だけではなかった。同じように項垂れた者が

およそ20人。のろのろした足取りで夕暮れの道を遠ざかっていく。



それを二階の窓から見送る、二つの人影があった。


================================


「さて、何人また来ますかね。」

「半分といったところでしょう。」


マジで言ってんのかよ。

迷いのない即答に、いささか背筋が寒くなる。この女、容赦ねえな。


「そこまでふるい落として、本当に大丈夫なんですか?」

「希望者はいくらでもいる。こんな時代だからこそ、ね。」


相変わらず迷いなく答えた副教主のネイル・コールデンは、俺に向かい

ニイッと不敵に笑ってみせた。その顔に浮かぶのは色香などではなく、

まぎれもない野心だ。女とか男とか超越した、生粋の野心家の笑み。


それを受けて笑い返せる俺もまた、大概なもんだな。



毒されてるのが分かる。ま、今さらどうでもいいって話だが。


================================


俺の天恵「鑑定眼」を、どうやって何に使うと言うのか。

その答えは、案外すぐに示された。その一環がこれだ。


もはやデイ・オブ・ローナの記憶は遠い過去であり、閉塞した現代では

天恵を求める声が高まりつつある。しかし現状、そのニーズに応え得る

制度も組織も存在していない。世の神託師は、半分以上が名ばかりだ。

だからこそ、格安の天恵宣告に対し希望者が引きも切らないって訳だ。

噂では、他にも格安で見る神託師がいるらしい。が、今構う気はない。

ロナモロス教の名を掲げ、大規模に天恵宣告を行っていく。


そこに、ネイルは仕掛けを施した。


今ここで宣告をしている神託師は、ミズレリ・テートという若い女だ。

だがこの女、実は神託師ではない。それっぽい格好をしているだけの、

言わば真の名ばかり神託師である。なのでこの女が宣告したとしても、

天恵の覚醒は怒り得ない。つまり、俺の時と同じってわけだ。


そう、本当に「俺の時と同じ」だ。違うのはミズレリが、天恵宣告など

まったく出来ない…という点だけ。少なくとも本当の天恵を告げていた

俺とは、また違う罪を犯している。


ちなみにこの女の天恵は【変身】。少し前に俺が見出し、グリンツが

天恵宣告をして覚醒した。その名の通り、他人の姿を真似られる力だ。

それほど珍しい天恵ではなく、希少性もさほど高くないらしい。


「彼女を神託師に仕立てます。」


そんな無茶を当たり前のように口に出すネイルは、当たり前のような

野心と狂気を内在させていた。


================================


やり口は意外と単純だ。


天恵宣告の希望者は、まず一箇所に集めてこの俺が鑑定眼で見定める。

そして目ぼしい奴を見つけて選び、ミズレリが成り済ました神託師から

天恵宣告を受けさせる。もちろん、俺の時と同じで覚醒は起こらない。

やってる事は基本的に俺と同じだ。


しかし、俺の時とは意味が異なる。彼女がガチで神託師を騙る以上は、

告げられた言葉の重さは否応なしに希望者の肩に圧し掛かる。まして、

宣告を受けても覚醒しないとなれば混乱するだろう。


これが、ネイルの企みの正体だ。

天恵宣告を受けても天恵を得る事ができない者を、「背信者」と呼ぶ。

本人の心に問題があると嘯く事で、意図的に彼らの立場を弱くする。

もちろんペテンだ。俺の時よりも、ずっと本格的で悪質なペテンだ。

これによって、目ぼしい天恵保持者に対して精神的なマウントを取る。


俺一人だった時には正直、想像すらできなかった壮大なペテンである。

200年前のデイ・オブ・ローナが「神の怒り」だった事を考えれば、

まさに愚行の繰り返しと言えそうな企みではある。


しかし、告げた天恵は嘘じゃない。そこが200年前と決定的に違う。

俺が天恵を用いて見たのは、間違いなくその本人の天恵なのである。

虚偽の天恵宣告は絶対の禁忌であるという現実に、ギリギリのところで

抵触していない。その点においてもこれは、俺が今までやって来た事の

大胆な拡大バージョンだと言える。


まさに「神をも恐れぬ」と言うべき所業なんだろうな。


ネイルの目的は明らかだ。

この女は、新たに入信を望む人間の天恵を完全に掌握する気だろう。

その上で、ロナモロス教そのものを強大な宗教集団に再編成していく。

そのためには、この俺の力が絶対に必要だったってわけだ。と言うか、

ネラン石も詠唱も無しで天恵を見る俺の加入は、想定以上だったろう。


しかし、これだけでは足りない。

いくら不安を植え付けたとしても、それだけで忠誠などは得られない。


そのために、必要となる天恵。



その持ち主は、イーツバス刑務所にいるらしい。

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