面会の時間
「小児病棟の慰問ボランティア?」
「そうです。お店の拡張営業という意味で、どうでしょう?」
「それはまた…どうなんだろ…」
ポーニーは、時々こういう突拍子もない事を言い出す。
しかしさすがに今回は、いい悪いの判断がすぐには出来なかった。
あまりに想像の外過ぎる。一方で、ネミルは興味津々だった。
「やった事あるの?」
「病棟を訪ねて、一緒に遊んだだけですけどね。喜んでくれました。」
「ひょっとして、知り合いの子でも入院してんのか?」
「いえいえ。」
「じゃ、何で小児病棟なんかに…」
そう問いながらも、俺には何となく思い当たるふしがあった。
「もしかして、病院の蔵書か?」
「当たり!」
やっぱりか。
この子、本当に神出鬼没だな。
================================
「小児病棟の談話室にも、エイランの本が置かれてるんですけどね。」
そう言いながら、ポーニーはニッと面白そうに笑う。
「子供しか読まない場所にずうっと置いてあるもんだから、落書きとか
大変な事になってるんですよ。」
「それはいい事なのか?」
「まあ本の扱いとしては、あんまり感心できないんでしょうけど…」
「けど何?」
「あたしからすれば、その本の中は賑やかで楽しいんですよね。原作に
登場しないあれこれが描き足され、普通に存在してるわけですから。」
「へええ…」
正直、俺たちには想像すらできない世界だ。
対照的に、窓際でずっと聞いていたローナがうんうんと納得顔で頷く。
「そういうところ、あなたって少し羨ましいのよねぇ。」
「え、どうしてですか?」
「行ける場所が限られてるから。」
ん?
それはただの制限じゃないのか。
どこが羨ましいんだろう?
「あたしは世界のどこへでも行けるけど、それだとどこへ行けばいいか
逆にサッパリ絞れないのよ。んで、もう面倒臭くなっちゃう。」
「だからいつもここにいるのかよ。何か目的ないのか?」
「わざわざ探すってのもねえ…」
俺とネミルは、思わず顔を見合わせ肩をすくめた。
曲がりなりにも神様のはずなのに、どうにも腰が重いなこの恵神は。
それに比べれば、いつでも何かしら新しいものを探して駆け回っている
ポーニーの方が精力的だ。
「それで、慰問ってどんな風に?」
「まあ出張店舗ですね。お菓子とかお茶とか、病院食では味わえない
美味しいものを振舞う感じですよ。もちろん、病院の許可を取って。」
「うーん…」
乗り気のネミルとは対照的に、俺はちょっと二の足を踏む感じだった。
「君も行くとなると、こっちの店を留守にする事になるんだよな。」
「そうですね。」
「いい試みだとは思うけど、やっぱ本業を休むってのはなぁ。」
「小っちゃい子苦手だもんね。」
「言うなよ!」
言葉を濁してたのに台無しだ。
…確かに俺は、幼児と話をするのが苦手なのである。別に、嫌いだとか
そういうんじゃない。そういう子と会話するのが純粋に難しいって話。
「だったら、まずはあたしがお試しでやってみるよ。」
「つまりポーニーと二人でやるって事か?」
「そう。どうかな。」
「いいんじゃない?楽しそうで。」
おい。
俺の台詞を取るなよローナ!
================================
何だかんだ言って、楽しそうなのは確かだ。反対する理由は何もない。
俺は俺で、準備に協力すればいい。
「だけどこれ、許可がいるって事は面会扱いになるのか?」
「さあ、どうでしょうね。」
「どうでしょうねって。」
「あたしは、蔵書経由で訪ねるのが当たり前になってますから。」
「……………………………」
おいおい。それ不法侵入だろうが。
当たり前の事として語られると実に困る。もうちょっと常識を持てよ。
…まあいいや。
「とりあえず提案してみよう。まあ慰問って名目の面会になるだろう。
悪い顔はされないはずだ。」
「うん!」
俄然張り切るネミル。乗せられてる感はあるが、別に悪い事じゃない。
店の可能性を広げるという意味で、いい経験になれば何よりだ。
何事もやってみないとな。
================================
================================
「面会は10分です。」
「了解しました。」
「同席はしません。が、余計な事は言わないように。いいですね?」
「元よりそのつもりです。」
ガコン!
確認と所持品のチェックが終わり、鈍重な扉が開き始める。
その向こうに、目指す相手がいる。
名はシャドルチェ・ロク・バスロ。
かつて夫と姪を爆殺しようとした、「洗脳」の天恵の持ち主である。