噓の欠片をひとつ
「…それで?」
誰にともなく問いかけた口調には、困惑の響きがあった。
キョロキョロと周りを見回す彼女―ウルスケスが、再び皆に問う。
「これであたし、何が出来るようになったんですか?」
「え?」
「それは…」
「読んで字の如く、魔核の生成ではないのですか?」
マッケナーさんもオレグストさんも母も、困惑の言葉をそっくり返す。
傍で見ている分には、実に緊張感に欠けるやり取りだった。
「できないのか、ウルスケス?」
「いや…確かに何か、体の中で力が滞留している感じはあるんだけど。
どうやって形にするんですか?」
「どうやってって言われても…」
さすがに三人は返答に窮している。当たり前だ。覚醒したての天恵が、
他人に把握できるわけがない。
ここまで積み上げてきた雰囲気が、かなり台無しになりつつあった。
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「とりあえず、一旦学校に帰らせてもらえますか。」
発動を諦めたらしいウルスケスが、申し訳なさそうにそう言った。
「コツが掴めればいける。そういう実感はあるんですよ。だからまず、
ほっぽり出してきた荷物をまとめてちゃんと学校から退去してきます。
どうせ退学処分になったわけだし、後腐れがない方が都合がいいかなと
思いますんで。」
「…確かにそうでしょうね。」
短い思案の末に、そう答えたのは母だった。
「では送らせましょう。モリエナ、お願いできる?」
「はい。」
答えたあたしは、確認のため問う。
「とりあえず、ピアズリム学園前の駅までお送りすればいいですね?」
「ええ、それでお願い。」
「お手数ですけど、よろしくね。」
さすがに頭の回転が速いなこの子。
ここへ来たあたしが、共転移の力で別の場所から母を連れてきた事を
ほぼ察しているらしい。それなら、もういちいち細かい説明はしない。
気付けば、もう日は暮れている。
さっさと役目を済ませよう。
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シュン!!
誰もいない駅出口の物陰に、あたしとウルスケスが音もなく現出する。
予想通り、上りホームに人影は全くなかった。そしてウルスケスにも、
特に驚いた様子は見られなかった。
「では、明日の朝6時にここで。」
「すみません、お手数をかけて。」
「気にしないで下さい。それでは、また明朝に。」
ウルスケスからの返答や挨拶などを待たず、あたしはその場から去る。
別に彼女が嫌いなわけでも、二人でいる事が嫌だったわけでもない。
ただ、苦手なだけだ。
嘘を口にした後で、バレていないと思い込んでいる人と向き合うのが。
彼女はもう既に、魔核の生成を行う事ができる。できないと言ったのは
嘘だ。出し惜しみなのか何なのか、とにかく今日の時点でそうする事を
選んだのだ。つい先刻の事だから、共転移ですぐに記憶が伝わった。
まあ、そんなのどうでもいい事だ。
少なくとも、あたしにとっては。
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「ウルスケス!!」
「起きてたの?」
「当たり前でしょ!こんな時間までどこ行ってたの!?」
「静かに。こんな時間なんだから。ね?」
「…………………………!」
何か言いたげな表情のまま、レンネはぐっと押し黙った。その顔を見た
あたしは、思わず小さく笑った。
心配してくれるその不器用な心が、今さら何となく嬉しかった。
「…それで、どうする気なの?」
「昼間言った通りよ。」
「じゃ、じゃあ出て行くの?」
「そう。明日には発つから。」
「そんな…どこ行く気よ?」
「まあ当てはあるよ。別にこのまま野垂れ死ぬ気はないから大丈夫。」
「そんな事を訊いてるんじゃ…」
そこで声を詰まらせ、レンネは涙を落とした。…いい子だなあ、本当。
あたしには勿体ないくらいだ。
「心配しなくても、あたしは自棄になったりしないよ。」
「本当に?」
「本当だから、ここに戻って来た。ちゃんと荷物をまとめて、ちゃんと
この学校にサヨナラするためにね。だから、手伝ってくれる?」
「…………………………」
「レンネ」
「分かった。手伝うよ。」
「ありがとう。」
この子だけは忘れないでいよう。
あたしは、そう心に誓った。
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早朝の駅に、まだ人影はない。
ほんの少し霧がかった広場の向こうから、誰か歩いてくるのが見えた。
やがてその影は、迷わずあたしの方に歩み寄って来る。
「お待たせしました。」
「いえ。準備はできましたか?」
「すっかり。」
「では、まずは昨日お連れしたあの家に向かいますので。」
「便利ですね、その天恵。」
「そうでもないですよ。それでは、いいですね?」
「あ、ハイ。」
シュン!
わざわざ時間を取る必要はない。
感慨に耽りたいなら、それは昨夜の内に済ませておくべきだろう。
あたしはそんなにヒマじゃない。
そして。
「よう、おはよう。」
「お待ちしてましたよ。」
出迎えたのは、マッケナー氏と母の二人だった。
「おはようございます。」
「早速だが、どうだ天恵の手応えの方は?」
「…もうすぐ、何とか発動させる事はできるようになると思います。」
「そうですか。まあ、焦りは禁物。落ち着いて向き合って下さい。」
「すみません、お気遣い頂いて。」
そんな会話を、あたしは波立たない気持ちのままぼんやり聞いていた。
また嘘か。
別にいいんだけどね。
どうでも。
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「…ウルスケス……」
朝日の差し込む部屋は、ほんの少し広くなったような気がしていた。
主のいなくなったベッドが、部屋の空虚さを控え目に訴えている。
そんな中、レンネは手のひらの上に乗せた小さな塊を凝視していた。
赤い半透明の結晶が、かすかな光と熱を放っている。
『あげる。まあ、いらなきゃ捨ててくれていいから。ご自由にね。』
学校を去ったウルスケスが、気軽なノリで渡してくれたものだった。
何であるかは言わなかった。実際、今も見当もつかない。
何なのだろうか。
どうするべきなのだろうか。
登校時間を過ぎてもなお、レンネは迷いの中にポツンと佇んでいた。