首都ロンデルンにて
鉄道に揺られて6時間。こんな遠出は何年振りだろうか。
いささか腰が痛くなりつつ、目的地到着でテンションは上がっていた。
首都・ロンデルン。
はるばる来たぜ。
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予想していたけど、交通量の多さがそれを遥かに超えていた。
まさに大都会だ。どうしても田舎者丸出しでキョロキョロしてしまう。
「あー見て見てホラ時計台!!」
「おぉ、すげえな!」
はしゃぐネミルを諫める気も、この状況ではさすがに起こらない。
用事はひとつだけなんだから、少しくらい観光してもいいだろう。
観光ガイドマップを片手に、二人で散策する。いいな、こういうのも。
許嫁だ同棲だと、突っ走ってきた。それ自体に後悔なんかはない。が、
こういうデートみたいなのをやってみたかったのもまた、事実だ。
いい機会になったと割り切ろう。
そうこうしている内に、宮殿の前に到着。衛兵の隊列が遠目に見える。
鉄柵越しにその姿を見ながら、俺とネミルはちょっと感慨に耽った。
少なくとも、嘘を言っているという雰囲気はなかった。だとすれば、
ここにいる女王陛下の三男と先日、あれやこれやと話をした事になる。
あのルトガー爺ちゃんが、女王陛下と知り合いだったのも驚きだった。
「しゃんとしないとな、俺たち。」
「うん。」
何か、身が引き締まる思いだった。
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夜行列車で来たので、時間には少し余裕がある。とは言え、いつまでも
遊んでいるってわけにはいかない。てなわけで俺たちは、目的地である
中央庁舎に向かう。聞いた話では、特殊登録課…って所に行くらしい。
迷う事もなく中央庁舎に到着した。が、中に入ってからは散々迷った。
ようやく見つけたその課は、かなり小さな窓口だった。…まあ当然か。
神託師登録のための課だとしたら、めちゃくちゃ閑職なんだろうし。
来意を告げたら、中年女性が応対をしてくれた。机を挟んで座る。
「ルトガー・ステイニーさん…と、インザーレ地方ミルケンの街在住の
神託師ですね。今年の6月7日没…確かに申請されてます、はい。」
書面を確認し、その女性係員は顔を上げて俺たちの顔を見つめた。
「遠方からようこそ。登録課主任のカチモ・シルツと申します。」
「トラン・マグポットです。」
「ネミル・ステイニーです。どうぞよろしく。」
物腰の柔らかい人で良かった。
「お手紙拝見しました。ネミルさんが祖父のルトガーさんの跡を継ぐ、
という形になるんですね?」
「はい。」
「一代飛ばしは稀なケースですが、生活基盤は大丈夫ですか?」
「ええ、そこは何とかします。」
俺が答えると、カチモさんは何だか納得顔で頷いた。一緒に来た時点で
それなりに察してくれたんだろう。俺も多くは語らなかった。
「住所…はい、間違いないですね。ここに引き続き住まわれると。」
「そうです。」
「では本登録という事で…」
これで終わりか。
名ばかり職だけあって、登録自体もやっぱり形式だけなんだろうな。
まあ、すんなり済んで何より…
「ネミルさんには、今から私の天恵を見てもらいます。」
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「え?」
俺とネミルの声がダブるの、これで何度目だろうか。
「今ここでですか?」
「ええ。」
「でも、ネラン石が…」
「ありますよ、ホラ。」
事もなげに即答したカチモさんが、机に置かれていた小箱を開ける。
そこには、確かにネラン石の小さな玉が収められていた。
「…って、そんな簡単に天恵宣告をしていいんですか?」
「ご心配なく。ちゃんと考えられている手順ですから。」
俺の質問に、カチモさんはやっぱり事もなげに答えた。
「実を言いますと、私は自分の天恵を既に知ってます。この職に就く際
神託師に見てもらってるんです。」
「え…」
「あまり知られていませんが。」
そこで言葉を切ると、カチモさんは箱の中のネラン石を指さした。
「ネラン石は天恵宣告の触媒として用いられますが、1~2回の使用で
変質するのは天恵を「授ける」時の使用のみです。相手が自分の天恵を
既に知っている場合、確認のために使ってもすぐには変質しません。」
「つまり、繰り返し使えると?」
「ええ。」
答えたカチモさんが、ネラン石の玉を指でそっと摘み上げた。
「およそ20回くらいは使えます。これは今日までに8回使いました。
まあ、必要経費の範疇ですよ。」
「………………」
本当に知らない事だらけだ。
でも確かに、20回も使えるのなら惜しくないんだろう。何と言っても
この人は神託師じゃない。あくまでその登録の管理をしているだけだ。
こんな機会はそうそうないだろうと思えば、色々と納得はできる。
「…分かりました。」
俺と同様納得したらしいネミルが、襟口から指輪を取り出そうとする。
しかし。
「あ、装身具などは着けない状態でお願いします。規則ですので。」
「えっ?」
かすかに声が裏返ったのが判った。と言うか、俺も声が出そうだった。
指輪使っちゃダメなのか…?
「詠唱文を憶えてらっしゃらないのなら、テキストがありますよ。」
「いや、あの…」
これまた机の脇に最初から置かれていた、特殊詠唱の古語が記載された
テキストが差し出される。ネミルは明らかに目が泳いでいた。おそらく
俺も同じだろう。
まさかここで、こんなテストが実施されるとは思っていなかった。
見通しが甘かったのは事実だろう。だけど、出来なくてもいいってのが
この神託師って仕事の継承条件じゃなかったのか。
相変わらず、簡単には行かないな。