不安と興味と慧眼と
「あれ、マッケナー先生だ。」
「ホントだ珍しい。」
放課後の買い食いを楽しんでいた、二人の女子学生―ロナンとゲルナが
レストランから出てきたマッケナーを捉える。つい先ほど学校の廊下で
挨拶を済ませていたのと、この時間までウロウロ遊び歩いている事への
気まずさとが重なり、二人は咄嗟に街灯の影に身を潜めた。
「こんな時間にレストランで食事をするって…もしやデートかな。」
「それにしちゃあ学校に近くない?誰に目撃されるか…」
「あ、一緒に誰か出てきたよ。」
「え、どれどれ?」
興味津々だった二人は、マッケナーに続いて店から出てきた人物を見て
明らかにガッカリする。どう見ても恋人という雰囲気ではない。いや、
あれは間違いなく在学中の女子生徒だろう。何度か見た覚えがある。
「ええっと…誰だっけ、あの子。」
「確かレンネちゃんのルームメイトだったと思うんだけど…名前は…」
「あれ?まだ出てくる。」
「また女の子?」
興味津々だった二人は、ウルスケスの後に続いたモリエナの姿に表情を
険しくする。
「…先生って、意外と女たらし?」
「あたしは好みじゃないけどなあ。少なくとも異性としては…」
「ってか、あの子誰?」
「さすがに見た事ない。違う学年の子なのかな。まさか学外の…」
「ちょ、ちょっと待って。まだ一人いるみたいよ?」
「嘘でしょ?今度はどんな子…」
ひそひそ声でヒートアップしていたロナンが、最後に店から出てきた
男の姿を目にして黙り込む。相方の沈黙に、ゲルナが怪訝そうな表情を
浮かべた。
「どうしたの?」
「…………………………」
「いや、さすがに先生はそっち趣味はないと思」
「あの人、知ってる。」
「え?」
「シュリオ兄ちゃんに天恵を伝えておかしくした、ペテン師の男よ。」
「…神託師なの?」
「違うよ。他人の天恵を見る天恵を持ってるんだって聞いた。」
「聞いたって、誰から?」
「トランさんとネミルさんから。」
「…………………………」
質問の連続だったゲルナも、そこで眉をひそめて黙り込む。その間に、
四人は駅の方に向かうのが見えた。恐らくは次の列車に乗るのだろう。
しかし、さすがにそれを追う気にはなれなかった。というよりむしろ、
それは危険だという気がしていた。
「…あの人が学校に来てて、しかもマッケナー先生と一緒に食事してた。
これ、ほっといていいのかな。」
「うーん…………」
ロナンの言葉に、ゲルナもそうそう簡単には答えられない。
デートだの歳の差恋愛だのと気楽な事を考えていたのが、遠く思える。
まもなく日が暮れようとしていた。
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列車に乗って4駅。
「…割と近いんですね。」
「まあ、本部はもっと遠いよ。」
あたしの問いに、マッケナー先生は割と気軽な口調で答えた。
なるほど、いきなり教団本部に連行するなんて選択はないのか。まあ、
別にだからどうなのって話だけど。
「天恵に興味はないか」
確かに意外な質問ではあったけど、それほど驚いたりはしなかった。
ロナモロス教という名前が出てきた時点で、そういうのもアリかなと。
何より、天恵の宣告というのは今の自分にとっては魅力的だったから。
どうでもいい親の悪意で、あり得た未来はひとつ潰えた。だったらもう
別の未来を見ても構わないだろう。そうしろと無言で言ってきたのは、
間違いなく親兄弟たちなんだから。
そしてもうひとつ。
このあたしにだって、恨みや憎しみという感情は存在してるんだ。
嫌ってるのが自分たちだけだ、とか思ってるなら、それは絶対に正す。
どんな形でもいいから、分からせてやる。親兄弟という名の他人に。
「ここだ。」
そんな事を考えている間に、一軒の小さな建物の前まで来ていた。
確かに教会っぽいけど、いかんせん小さい。威厳も何もない平屋だ。
しかも、生活感すら感じられない。こんな場所に神託師がいるっての?
「まあ、とりあえず見てからだ。」
「お入りください。」
マッケナー先生とモリエナとかいう女性に誘われ、あたしは腹を決めて
建物に足を踏み入れた。すぐ後からオレグストという人も入ってくる。
まあいい。なるようになれだ。
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「…………………………」
少し待っていて下さいとだけ告げたモリエナが、奥にある扉の向こうに
消えてから5分ほど経った。しかしこの建物、本当に何もないんだな。
申し訳程度に椅子と机はあるけど、外から見た印象をも超えた狭さだ。
どう考えても、こんなアポなし訪問で人が出て来るとは思えなかった。
やっぱり担がれて…
と、その刹那。
『お待たせしました。』
低くくぐもった声が扉の向こうから聞こえ、ゆっくり開けられていく。
立っていたのは、いつの間にか服を変えていたモリエナ。そして傍らに
明らかに聖職者だと思えるローブを羽織った中年の女性がいた。
…いや、この人どっから出てきた?
外から見れば判る。この建物内に、こんな人がいられる場所はない。
何かしらの方法で、ここに現れたという事なのだろう。この神託師が、
その力を持っているのか。それともモリエナが…
「天恵宣告をお受けになる、そんなお話なんですよね。」
「ええ、はい。」
そう答えた瞬間、何かちょっとだけ可笑しくなった。
今までの事が茶番だという想定に、肌の感覚で確信を得た気がした。
よし。
「でも、もうご存知ですよね?」
「は?」
「あたしの天恵ですよ。」
言いつつ、あたしは部屋の中にいる四人の顔を順に見比べた。そして、
今度こそ揺るぎない確信を得た。
この人たちは、あたしの天恵を既に知っていると。