マッケナー先生の葛藤
「先生」と呼ばれる事には慣れた。
しかし今もなお、自分がそんな風に呼ばれる事実には抵抗がある。
もともと、俺は技術者だ。
少しばかり機械工学をかじったから外部教員として採用されたものの、
教育者になるとは考えた事もない。それだけピアズリム学園の方針が、
自由で懐深いという事なのだろう。いい意味でも、悪い意味でも。
だがそんな俺でも、納得する以外にない事実が一つだけあった。
それは若い頃に受けた、天恵宣告の内容だった。
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思えば、俺の家はどこまでも保守的だった。時代の流れに抗い続け、
頑なにロナモロス教の教えを信じ、恵神ローナを崇め続けていた。
敬虔にも限度があるだろうと思ったものの、そんな頑固な親たちの姿は
別に嫌いじゃなかった。信心の有無を問われると何とも答えづらいが、
だからといって離反するほど毛嫌いする訳でもなかった。
そんな俺に、両親はコツコツと積み立てた金で天恵宣告を受けさせた。
何かを期待したというより、それが当然の親の義務と考えたらしい。
さすがにいささか重いと思ったが、こればかりはどんな結果になっても
本人に責任はない。期待に沿うとかそういう感情は無しで、俺は宣告を
受けた。天恵は【マルチクラフト」であると告げられた。
おい本当かよ。
あまりに自分に似合い過ぎていて、かえって信じ難かった。もちろん、
両親はその内容に大喜びだった。
確かにその当時、既に俺は技術者として仕事をしていた。その上でこの
まさに技術系そのものという感じの天恵を授かったのだ。…正直、俺も
自分の未来に大いに期待を抱いた。
それからの人生はまあまあだったと思う。しかし得た天恵そのものは、
思ったほど劇的に何かを変えたりはしなかった。正直期待外れだった。
「マルチクラフト」という天恵は、要するに何かを作る技能を高める。
家とかそんな大規模なものでなく、言わば工作技術を向上させる感じ。
材質強度や重さなどを見極めたりといった実際の能力関連はもちろん、
見た事のない機器類の構造を一瞬で理解するといった知識面も高める。
俺にとっては有難い反面、どこから天恵の恩恵か分からない時もある。
仕事や趣味と一致し過ぎるのも少し厄介だと、その程度に思っていた。
しかし、ロナモロス教の現副教主、ネイル・コールデンとの出会いが
俺の歩む道を一変させた。
「マルチクラフト」は、異界の知でさえも理解できる力だったのだ。
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結局、俺はロナモロス教の上部組織に属する事を承諾した。
もちろん、現在の仕事をやめろとは言われなかったし、もし言われても
断っていただろう。いくら何でも、そこまで宗教一辺倒になる生き方は
したくなかったから。ネイルたちもそれでいいと、あっさり認めた。
そんなネイルから託された仕事は、俺にとって何もかも未知だった。
明らかに異界の知だ。どういう経緯で得たのかは聞かされていないが、
少なくとも似た物すら俺はまったく思い当たらなかった。そのくらい、
異質そのものだった。
その名を「魔鎧屍兵」という。
人間の数倍の体躯を誇る機械仕掛けの戦闘人形。その力は圧倒的で、
普通の人間では束になってもとても太刀打ちできない。設計上の出力は
人間の約十倍といったところか。
ざっくりとした設計概念しか渡されなかったものの、それは間違いなく
「実際に存在し得る」代物だった。俺の天恵が、そう結論付けていた。
いや、そうじゃない。
存在し得ると言うより、これは既にどこかの世界に存在しているんだ。
それをネイルが、何かしらの方法でこの世界に「出力」したのだろう。
もしも天恵によるものだとすれば、それは神の領域に踏み込んでいる。
正直、恐ろしいと思った。当然だ。これをすんなり受け入れられるほど
俺の見識は広くない。だが一方で、どうしようもなく昂奮する己自身を
強く感じていたのも事実だ。経緯や手法はどうでもいい。ただ目の前の
未知のテクノロジーが、技術者魂をとことんまで揺さぶっていた。
やってやろうじゃないかと。
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思えばあの時、俺は人としての心を半分だけ売り渡していた。
魔鎧屍兵の設計には、遺体の一部が必要であるという事が判明した。
それに対し、ネイルは「任せて」とだけ言っていた。俺はその言葉に
何か物申すわけでもなく、ただ単に彼女が調達する事を信じた。
どういう経緯で調達するのかまで、深く考える気にはなれなかった。
そうして、俺は設計概念でしかない魔鎧屍兵を具体的に形にした。
どこの世界の誰が考え出したのかと思う事も間々あったが、それ以上に
それを再現できている己の天恵にもかなり恐怖を感じていた。しかし、
得も言われぬ昂りを覚えていたのもまた、疑いない事実だ。
そうして作り上げた魔鎧屍兵には、しかし決定的に「足りない」ものが
一つだけあった。それを入手しない限り、絶対に起動は出来ない。
しばし、開発はここで停滞した。
正直言って、ここで完全に頓挫したとしても構わないと思っていた。
手を止める事で冷静になった、とも言えるだろう。いくら何でも俺は、
ヤバい領域に踏み込み過ぎたなと。
だが、完成させたい気持ちもある。相反する思いが胸の中に同居する。
そんな思いのまま、俺はピアズリム学園の教壇に立ち続けていた。
そして今日。
オレグスト・ヘイネマンの口から、この学校に最後のピースがある事を
知らされた。怖れていたと同時に、何よりも望んでいたピースが。
「ウルスケス・ヘイリー君。」
そう呼び掛けた時、俺は人としての心の残り半分を売り払ったのだと、
はっきり悟った。
この少女を、自分たちの住む世界に引き込んだ瞬間に。