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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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ドルナの歩んだ歳月

「暗くなる前に帰らないとな。」


俺のひと言で、語らいの場はお開きとなった。立ち上がったロナンに、

ドルナさんが歩み寄って手を握る。


「ゴメンね気を遣わせちゃって。」

「いえいえ。ちゃんと話して頂けたのは、嬉しい限りです。」


やっぱり動じないな、ロナン。あの母親とあの兄貴ありきって感じだ。

もちろん最初は驚いていたけれど、納得してからの順応はまさに彼女の

面目躍如といったところだろう。


「それで...ドルナさんはもう、学校には来ないんですか?」

「バレちゃったからね。」


そう答えたドルナさんは、ちょっと舌を出して笑った。


「もともと怪しまれるまでっていう約束だったし。」

「…………………………」


さすがに、俺もネミルも若干呆れていた。ノリがいいのか気楽なのか、

とにかくこの家族はイタズラ気質という感じだ。


「もうちょっといけるかなと思ってたんだけどね。」


そう言ってゲルナも笑う。


「お母さん、ずいぶん仕草なんかを練習してたものね。」


母親のガルナさんまでがそんな事を言い出した。って事はやっぱり…


「私も、孫の参観日という態で観に行けるかと思ってたんだがね。」


夫のヴァルツさん、やっぱりこの人も同じノリなのか。

一家揃ってこんな事を実行するその感覚が、実に理解し難くて面白い。


「すみません。何だかあたし、余計な事をしちゃったみたいで…」

「いいのいいの、気にしないで。」


ロナンの謝罪の言葉を軽く流して、ドルナさんはもう一度笑った。


「ゲルナと仲良くしてね。」

「はい。」

「それと、もしよければまた遊びにいらしてね。歓迎するから。」

「はい!」


元気よく答えるロナンの姿を見て、俺たちも自然に笑みを浮かべた。

何とも呆気なく、何とも不思議で。



何ともイイ感じの結末だったな。


================================


「それにしても…」


空にはチラホラ星が見えている。

帰る道すがらで、俺は誰にともなく言った。


「あんな風でいて、それなりにつらい思いも苦労もあっただろうな。」

「でしょうね。」


即答したのは、年上モードの容姿に戻していたローナだった。


「他人に実害をもたらさない天恵と言っても、魔女扱いされても文句が

言えないでしょうし。」

「そんな事あったのかなあ。」


星を仰ぎながら、ネミルも呟く。


「みんな、楽しそうだったけど。」

「だよな。」


確かにそう思う。実際、あの家族の絆は本物なんだろう。


しかし本人たちから聴いた話には、それなりに葛藤なども感じられた。

娘のガルナさんが天恵宣告を受ける気になれなかったのは、もし母から

「不老」を受け継いでいたらという不安があったかららしい。実際に、

親子や親戚同士で同じ天恵を得たという記録は多い。


「私には、母のように生きる自信がありませんでしたから。」


語るガルナさんは笑っていたけど、それは軽く聴いていい話じゃない。

夫のヴァルツさんにしても、一緒になるまでには迷いもあっただろう。


「やっぱり、俺たちみたいな若僧に分かる話じゃないよな。」

「そうだよね。」


俺の呟きにネミルも頷く。ローナもまた、ゆっくりを頷いて星を仰ぐ。

とりあえず、ロナンの抱く気がかりに関しては解決を得た…としよう。

この先あの子があの家族とどういう付き合いをするかは、本人次第だ。



店の灯りを目にして、俺はちょっとホッとしていた。


================================


それから一週間後。


チリリン。


「いらっしゃ…」

「あ。」


そろそろ客足も途絶える夕刻に店を訪れたのは…

どっちだ、この人?


「先日はどうも。ドルナです。」

「あっ、どうもこんにちは。」

「いらっしゃいませ!」


お婆さんの方だった。俺とネミルは笑顔で迎える。


「お一人ですか?」

「ええ。ロナンちゃんにこのお店の事を教えてもらいまして。」

「ああ、なるほどそれで…」


そう言いかけた俺は、一瞬だけ窓際の席に目を向けた。そこには当然、

暇神のローナがいる。どうやら本人も気付いたらしく、いささか慌てた

表情になっていた。…無理もない。今の彼女の姿は年上バージョンだ。

年下バージョンしか目にしていないドルナさんから見れば、違和感しか

覚えない奇妙な存在だろう。


しかし当のドルナさんは、迷いなくローナの方へと歩み寄っていた。


「あっ」

「あの…」

「先日はどうも!」


え?

もしかして、見た目変わってるのに気づいてないのだろうか。

さすがのローナもいささか戸惑いの表情を隠せないでいた。とは言え、

彼女は割とアバウトな性格だ。


「ええ、先日はお邪魔しました。」


やっぱりな。あっさり認めたよ。

まあそれで話が通じるなら、どうとでもごまかしてくれればいい。

見た目がどうこうって話なら、目の前のドルナさんだって同じような…


「あの。」

「はい?」

「…先日聞きそびれた事、今ここでお聞きしてもいいでしょうか。」

「ええ、何なりと。」


そんなひと言を受け、ドルナさんは明日の天気でも問うように言った。


「あなた、ローナ様ですよね?」


================================


俺はケトルを落としそうになった。ネミルは盆を落としそうになった。

あまりにストレートかつ核心を突くその質問に、息が詰まった。

ポーニーがいたら、間違いなく何か落として壊していたに違いない。

…何でだ?


俺とネミルの無言の問いに気付いたローナが、ゆっくりと問い返す。


「どうしてそう思うの?」

「どうしても何も。」


少し心外そうにドルナさんが言う。


「あなたのお声を忘れるなんて事、あり得ないってだけです。」

「あたしの声…?」


何だ、どういう事だ?

この人、ローナの声を聴いた経験があるって事なのか。…いつどこで?


「…あたし、あなたに何か言った事あったっけ?」


おい認めちゃってるぞローナ。

しかしもう、そんな事より疑問への答えの方が欲しい。いったい何の…


「あたしだけじゃありませんよ。」


そう答えたドルナさんは、嬉しそうな笑みを浮かべた。



「あの日、誰もがあなたの声を心で聴いたんですから。」


================================


そういう事なのか。

納得がいくと同時に、俺は目の前にいる女性の存在を初めて「本当に」

理解した気がした。それは恐らく、ネミルも同じだっただろう。


彼女の天恵の意味を、俺たちはまだちゃんと理解してなかった。

ヴァルツさんと夫婦という事実が、浅い先入観を生み出していたんだ。


「…ドルナさん。」


意を決し、俺は話に割り込んだ。


「はい?」

「失礼ですけど、あなた今おいくつなんでしょうか?」

「あら、やっぱり訊いちゃいます?ちょっと恥ずかしいわぁ。」


イタズラっぽく笑い、ドルナさんは普段通りの口調で告げた。


「来月7日に、221歳の誕生日を迎えます。」

「ああ。」

「なるほど、そういう事ね。」


じっと聞いていたローナも、彼女と同じように嬉しそうに笑った。

そういう事だったんだな。

この人は、俺たちが思ってたよりもずっとずっと高齢だった。


そう。


「デイ・オブ・ローナ」の天啓を、直接耳にしていたほどに。

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