ドルナという名の
その沈黙に、重苦しさや緊張などはほぼ感じなかった。
ペルレンス家の四人は、驚いてこそいるものの悲壮感などは特にない。
悲喜こもごもというか、むしろ少し楽しそうといった雰囲気さえある。
やがて。
「そこまでお見通しですか。」
口を開いたのは、俺が今声をかけた右側のゲルナだった。声も語調も、
さっきまで一緒にいた左のゲルナと全く同じ。並んでいなければ絶対に
別の人間とは思わないだろう。
「神託師さんとお伺いしましたが、それであたしを看破されました?」
「ええ、失礼ながら。」
答えたのは俺の隣に座るネミルだ。場数を踏んだからか堂々としてる。
短い期間に変わったもんだなあ。
「天恵の内容までは見ていません。が、少なくともあなたが天恵宣告を
受けている事は分かっています。」
「恐れ入りました。」
右ゲルナがそう言って頭を下げる。追随するように他の三人も下げる。
何と言うか、その様子に俺はほんの少しだけ安堵の念を覚えた。
少なくとも、目の前にいるゲルナが虐げられているという印象はない。
だったら一体、どういう事情があると言うんだろうか?
「あたしの名はドルナ。」
問い掛けた俺に向き直った右ゲルナは、迷いない口調で名乗った。
「ドルナ・ペルレンスです。以後、どうぞお見知り置きを。」
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事ここに至り、俺はようやくロナンが言っていた「違和感」というのを
肌で理解した。多分、ネミルも俺と同じように察しているだろう。
確かに顔は同じだ。服装も背格好も声も全く同じ。少し話しただけでは
別人だとは思わないだろう。しかしここまで接していれば、少なからず
ゲルナとは違う存在だという感覚は湧いてくる。
天恵宣告を受けているなら、少なくとも彼女―ドルナは15歳以上だ。
ゲルナも含めて見た目が大人っぽいせいで、そこは曖昧になるけれど。
それを差し引いたとしても、ドルナはゲルナよりかなり大人びている。
おそらく今の彼女は、ゲルナっぽく振舞う…という前提を捨てている。
つまり、今の雰囲気こそ「素」だという事なんだろう。…だとすれば、
もう普通に訊いていいはずだ。
「ドルナさん。」
「はい?」
「あなたとゲルナって、どういった関係なんですか?差し支えなければ
教えてもらいたいんですが。」
「ええ、もとよりそのつもりです。…いいよね?」
「うん。」
「ああ。」
「思ったより早かったわね。」
確認を求められた三人の反応もごく自然だ。少なくともこの人たちは、
偽りなどない家族なんだろう。その内情をずけずけ質問するのはやはり
少し気が引ける。けどもうここまで来たんだから、聞いて帰りたい。
何となく姿勢を正し、俺たち四人はドルナの説明を待った。
さあ来い。
どんな事情が…
「あたしは、ゲルナの祖母です。」
…………………………
え?
何気ない口調で告げられた事情は、俺たちの予想を大きく超えてきた。
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「…祖母?」
「ええ。ネミルさんでしたっけ。」
「あっ、はい。」
「お金払いますから、今のあたしの天恵を見てみて下さい。」
「え?…あの…」
視線を向けられ、俺は迷わず頷く。もう、その方が色々手っ取り早い。
そこに答えがあるなら、見てしまう方がいいに決まってる。
「分かりました。じゃあ、ちょっと失礼します。」
「え、そのままでいいんですか?」
「はい。時間はかかりません。」
驚くドルナの顔を凝視するネミルの目が、いつもの赤い光を帯びる。
しかし、それもほんの数秒だった。やがて、ネミルの表情が変化する。
...何かしら、納得する答えがそこに見えたんだな。
「ドルナ・ペルレンスさん。」
「はい。」
「あなたの天恵は【不老】だったんですね。」
「ええ、その通り。」
答えたドルナはにっこりと笑った。
「懐かしいですねえ、天恵の宣告。ずうっと昔に忘れてました。」
そう言いながら、傍らに立つ老人の肩にそっと手を置く。
「彼は、私の夫です。」
「夫?」
「そしてガルナは、私の一人娘。」
「ええ、そうなんですよ。」
可笑しそうに笑うお母さんの手が、ゲルナの肩を抱いた。
「で、この子があたしの娘です。」
「ええぇ…」
俺もネミルもロナンも、目の前でのカミングアウトに言葉を失くした。
天恵が関わっているとは思っていたけれど、まさかそういう事情とは。
一方でローナは、面白そうに状況を見守っていた。
さすが恵神、動じないな。
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「18歳の時、私は当然の如く村で天恵宣告を受けました。」
お茶が淹れ直され、まずはひと息。
そして語り出したドルナの表情は、昔に思いを馳せる者のそれだった。
それにしても天恵宣告が当然とは、昔とはいえ特殊な村だったんだな。
今でもそういう地方は、探せばあるだろうけど。宣告は18歳なのか。
「不老と言われても、正直あんまり実感がありませんでした。それが、
天恵宣告を受けると同時に発動するという事も分かりませんでした。」
「え、どうしてですか?」
「はっきり判るまでに相当な時間がかかったんですよ。」
ネミルの問いにドルナは苦笑した。
「見た目が実年齢より若い人って、いくらでもいるじゃないですか。」
「ああ…そう言えば…」
「それにあたしの場合、何故か髪は普通に伸びたんです。そのせいで、
自分が歳を取っていないという確信を持つまでに10年かかりました。
本当に判りにくい天恵ですよ。」
「なるほどねー。見た目だけじゃ、そうなるのか。」
ずっと黙っていたローナが、そこで面白そうに呟いた。それを耳にした
ドルナが、ちょっと目を丸くする。ああ、初めてだもんな声聴いたの。
しかしすぐに普通に戻り、ドルナは懐かしそうに続けた。
「特殊な存在になったという事実はさすがに大きかったけど、あたしは
そのまま普通に生きてきたんです。白い目で見られる事もありました。
だけど、死を選ぶような気持ちには一度もならなかった。」
「…ちなみに、死ぬ事はできるって話なんですよね?」
「ええ、もちろんです。」
いささか不躾な俺の問いに、ドルナは笑顔で答える。
「あたしの天恵は「不老」であって「不死」ではない。病気や怪我で
死ぬ事もあるし、殺されたり自殺を図ったりで死ぬ事もあります。」
「そうなんですか…」
何だか「死にたくても死ねない」という仮定を勝手に立ててたけど。
普通に死と隣り合わせのまま、彼女は孫ができるほどの年月をずっと
生きてきたって事なのか。
何だろう。
決して不死じゃないと聞くと…
ちょっと尊敬できるなあ、この人。