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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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もうひとつの課題

あれよあれよという間にトーリヌスさんの作業は終わり、後は具体的な

要望などを話す段になった。ここに至って、もはや俺もネミルも完全に

開き直っていた。


葬式に出席できなかった事からも、この人が忙しいという事は分かる。

だったら、せっかくこの家まで来てくれている現状は活かすべきだ。

下手に遠慮して時間を無駄にする事は、かえって失礼にあたるだろう。

考えながらの出任せで、店の内装や外観についてあれこれと話し合う。

勢い任せの無我夢中だったけれど、急だった事を考えれば上出来だ。


かくして、喫茶店のイメージはほぼ固まった。



…本当に俺の人生、ついて行くのが精一杯の早送りだ。


================================


「では、まず来週頭に家の中の物の引き取りに伺います。それまでに、

残す物を決めておいて下さいね。」

「承知しました!」

「やるなら早い方がいい。引き取りが済んだら、すぐに着工します。」


言いながら、トーリヌスさんは傍らのノダさんに目を向けた。


「私はそう来られないので、現場の監督はノダに任せる事になります。

よろしいですか?」

「はい。」

「もちろんです!」


事情を把握してくれているノダさんが監督なら、本当に心強い限りだ。

せっせと差し入れしよう。


「…慌ただしい話になりましたが、私としてもようやくルトガーさんに

恩返しができます。」


しみじみ語るその言葉は、俺たちにではなく家に言ってるようだった。

きっと、まぎれもないこの人の本音なんだろう。いや、そう信じたい。



いつの間にか、外はすっかり夕方になっていた。


================================


「では我々は、失礼します。」

「あの。」


そろそろお開きにというところで、ネミルが声を上げた。


「何でしょう?」

「最後に一つだけ、教えて頂いてもいいですか?」

「ええ、どうぞ。」


促されたネミルは、一瞬黙った。

そして。


「……そもそもトーリヌスさんは、どうしてお爺ちゃんから天恵を?」

「やっぱり気になりますか。」

「はい。」


即答して頷くネミル。…正直、俺もその点は最初から気になっていた。

天恵が身を立てるきっかけになったのは分かるけど、ならもっと手前の

きっかけは何だったんだろうかと。


「母に勧められたんですよ。」

「お母さんに、ですか。」

「ええ。」


そう言いながら、トーリヌスさんは小さく笑った。


「母の名はマルニフィート。ご存知でしょうか?」

「マル…えッ!!?」


俺とネミルの声が、同時に裏返る。

まさか…


「じょっ、女王陛下!??」

「いかにも女王陛下です。」


ちょっ…嘘だろ?


================================


ライトを点し、車は去っていった。

並んで見送る俺たちは、何と言うか精魂尽き果てていた。


間違いなく、今まで生きてきた中でもっとも疲れた一日だった。

同時に、もっとも実りの多い一日と言えるかも知れない。


何気ない口調で、トーリヌスさんは自分の事を簡単に語ってくれた。


自分が、王家の三男として生まれたという事。

血生臭い後継者争いの中で、未来を見出せなかった若い頃の事。

下手すれば、兄弟の差し金によって殺されていたかも知れない事。


そんな中、母である女王陛下の勧めで爺ちゃんの天恵宣告を受けた事。

「建築」の天恵を受け、正式に王家から離脱する決意を固めた事。


何もかも、俺たちにとっては雲の上としか言いようのない顛末だった。


「王位などに興味はなかった。でも別の生き方を探す術もなかった。

そんな中、ルトガーさんは私に希望を見せてくれたんですよ。」


語るトーリヌスさんは、うっすらと涙を浮かべていた。


「もし天恵を得なければ、今の私は生きていなかったかも知れません。

生き方を変えたおかげで、兄たちと争う事も無くなりました。今では、

王家ご用達として離宮の建築なども請け負う関係になれています。」

「………………」


俺たちなんかが、何か言えるはずもなかった。

この人が爺ちゃんに抱いている感謝は、想像を大きく超えていた。

そして思った。



神託師って、思ってたよりもずっと尊い仕事だったんだと。


================================


翌日からは、気合いを入れ直した。

時間がないのは変わらない。だけどその内容が大きく変わったんだ。

とにかく家にある物を調べ上げて、残すべきと思う物を確定していく。


はっきり言って、1階はほぼ完全に作り直す事になる。どうせだったら

その方がいいと、トーリヌスさんも断言していた。俺たちもそう思う。

中途半端なものにせず、開き直って自分たち好みの店を目指そうと。


一方で、居住スペースとなる2階はほぼそのまま使う事にした。別に、

遠慮したわけじゃない。爺ちゃんの住んでいた頃の面影も残したい。

ただそう思っただけだ。広さは十分だから、補修と簡易リフォームのみ

頼む事にした。後は、俺たち自身の手でゆっくり形作っていけばいい。


そして、あっという間に日は経ち。

あっという間に家は空っぽになり。

そして工事が始まった。約束通り、ノダさんが監督を任されていた。


「あのスコーン、必ずお店で出して下さいよ。」


真顔で言われて頷いた。もちろん、俺もそのつもりで腕を磨くとも。

毎日差し入れした。現場の人とも、顔馴染みになれた。そんなこんなで

あっという間に4日が過ぎた。


その日。


俺はノダさんに呼ばれた。


================================


「下準備は完了したので、明日から本格的な工事が始まります。」

「はい。」

「ですが、まず基礎工事からです。はっきり言って、この時点において

あなたたちに具体的な意見を求める機会はないでしょう。」

「ですよね。」


俺は素直に頷いた。確かに俺たちはずぶの素人だ。この段階で役に立つ

機会なんかない。特に思う事などはなかった。


「最短で見積もっても1週間、この工事が続きます。なのでその間に、

あなたたちはあなたたちの「課題」を済ませておいてはと思います。」

「…ご提案、感謝します。」


やっぱり俺たちはまだまだ子供だ。細かい事にばかり目が向いていて、

自分たちの現状が分かっていない。時間がないのは喫茶店だけの話じゃ

ないって事だ。


「それじゃあ、お言葉に甘えて。」

「工事はお任せ下さい。」


ノダさんの言葉が心強かった。


よおし。

今のうちに、もうひとつ残る課題をきっちり片付けるとしよう。


「そうだね。」


後で話したネミルも腹を決めた。


明日、俺たちはちょっとした遠出をする。

目指すは首都・ロンデルン。

鉄道で約6時間という、小旅行だ。もちろん遊びに行くわけじゃない。

目的は、ネミルの神託師登録。



いよいよ、本格的に未来と向き合う手続きをする。

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