もうひとつの課題
あれよあれよという間にトーリヌスさんの作業は終わり、後は具体的な
要望などを話す段になった。ここに至って、もはや俺もネミルも完全に
開き直っていた。
葬式に出席できなかった事からも、この人が忙しいという事は分かる。
だったら、せっかくこの家まで来てくれている現状は活かすべきだ。
下手に遠慮して時間を無駄にする事は、かえって失礼にあたるだろう。
考えながらの出任せで、店の内装や外観についてあれこれと話し合う。
勢い任せの無我夢中だったけれど、急だった事を考えれば上出来だ。
かくして、喫茶店のイメージはほぼ固まった。
…本当に俺の人生、ついて行くのが精一杯の早送りだ。
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「では、まず来週頭に家の中の物の引き取りに伺います。それまでに、
残す物を決めておいて下さいね。」
「承知しました!」
「やるなら早い方がいい。引き取りが済んだら、すぐに着工します。」
言いながら、トーリヌスさんは傍らのノダさんに目を向けた。
「私はそう来られないので、現場の監督はノダに任せる事になります。
よろしいですか?」
「はい。」
「もちろんです!」
事情を把握してくれているノダさんが監督なら、本当に心強い限りだ。
せっせと差し入れしよう。
「…慌ただしい話になりましたが、私としてもようやくルトガーさんに
恩返しができます。」
しみじみ語るその言葉は、俺たちにではなく家に言ってるようだった。
きっと、まぎれもないこの人の本音なんだろう。いや、そう信じたい。
いつの間にか、外はすっかり夕方になっていた。
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「では我々は、失礼します。」
「あの。」
そろそろお開きにというところで、ネミルが声を上げた。
「何でしょう?」
「最後に一つだけ、教えて頂いてもいいですか?」
「ええ、どうぞ。」
促されたネミルは、一瞬黙った。
そして。
「……そもそもトーリヌスさんは、どうしてお爺ちゃんから天恵を?」
「やっぱり気になりますか。」
「はい。」
即答して頷くネミル。…正直、俺もその点は最初から気になっていた。
天恵が身を立てるきっかけになったのは分かるけど、ならもっと手前の
きっかけは何だったんだろうかと。
「母に勧められたんですよ。」
「お母さんに、ですか。」
「ええ。」
そう言いながら、トーリヌスさんは小さく笑った。
「母の名はマルニフィート。ご存知でしょうか?」
「マル…えッ!!?」
俺とネミルの声が、同時に裏返る。
まさか…
「じょっ、女王陛下!??」
「いかにも女王陛下です。」
ちょっ…嘘だろ?
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ライトを点し、車は去っていった。
並んで見送る俺たちは、何と言うか精魂尽き果てていた。
間違いなく、今まで生きてきた中でもっとも疲れた一日だった。
同時に、もっとも実りの多い一日と言えるかも知れない。
何気ない口調で、トーリヌスさんは自分の事を簡単に語ってくれた。
自分が、王家の三男として生まれたという事。
血生臭い後継者争いの中で、未来を見出せなかった若い頃の事。
下手すれば、兄弟の差し金によって殺されていたかも知れない事。
そんな中、母である女王陛下の勧めで爺ちゃんの天恵宣告を受けた事。
「建築」の天恵を受け、正式に王家から離脱する決意を固めた事。
何もかも、俺たちにとっては雲の上としか言いようのない顛末だった。
「王位などに興味はなかった。でも別の生き方を探す術もなかった。
そんな中、ルトガーさんは私に希望を見せてくれたんですよ。」
語るトーリヌスさんは、うっすらと涙を浮かべていた。
「もし天恵を得なければ、今の私は生きていなかったかも知れません。
生き方を変えたおかげで、兄たちと争う事も無くなりました。今では、
王家ご用達として離宮の建築なども請け負う関係になれています。」
「………………」
俺たちなんかが、何か言えるはずもなかった。
この人が爺ちゃんに抱いている感謝は、想像を大きく超えていた。
そして思った。
神託師って、思ってたよりもずっと尊い仕事だったんだと。
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翌日からは、気合いを入れ直した。
時間がないのは変わらない。だけどその内容が大きく変わったんだ。
とにかく家にある物を調べ上げて、残すべきと思う物を確定していく。
はっきり言って、1階はほぼ完全に作り直す事になる。どうせだったら
その方がいいと、トーリヌスさんも断言していた。俺たちもそう思う。
中途半端なものにせず、開き直って自分たち好みの店を目指そうと。
一方で、居住スペースとなる2階はほぼそのまま使う事にした。別に、
遠慮したわけじゃない。爺ちゃんの住んでいた頃の面影も残したい。
ただそう思っただけだ。広さは十分だから、補修と簡易リフォームのみ
頼む事にした。後は、俺たち自身の手でゆっくり形作っていけばいい。
そして、あっという間に日は経ち。
あっという間に家は空っぽになり。
そして工事が始まった。約束通り、ノダさんが監督を任されていた。
「あのスコーン、必ずお店で出して下さいよ。」
真顔で言われて頷いた。もちろん、俺もそのつもりで腕を磨くとも。
毎日差し入れした。現場の人とも、顔馴染みになれた。そんなこんなで
あっという間に4日が過ぎた。
その日。
俺はノダさんに呼ばれた。
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「下準備は完了したので、明日から本格的な工事が始まります。」
「はい。」
「ですが、まず基礎工事からです。はっきり言って、この時点において
あなたたちに具体的な意見を求める機会はないでしょう。」
「ですよね。」
俺は素直に頷いた。確かに俺たちはずぶの素人だ。この段階で役に立つ
機会なんかない。特に思う事などはなかった。
「最短で見積もっても1週間、この工事が続きます。なのでその間に、
あなたたちはあなたたちの「課題」を済ませておいてはと思います。」
「…ご提案、感謝します。」
やっぱり俺たちはまだまだ子供だ。細かい事にばかり目が向いていて、
自分たちの現状が分かっていない。時間がないのは喫茶店だけの話じゃ
ないって事だ。
「それじゃあ、お言葉に甘えて。」
「工事はお任せ下さい。」
ノダさんの言葉が心強かった。
よおし。
今のうちに、もうひとつ残る課題をきっちり片付けるとしよう。
「そうだね。」
後で話したネミルも腹を決めた。
明日、俺たちはちょっとした遠出をする。
目指すは首都・ロンデルン。
鉄道で約6時間という、小旅行だ。もちろん遊びに行くわけじゃない。
目的は、ネミルの神託師登録。
いよいよ、本格的に未来と向き合う手続きをする。