ゲルナという名の少女
慣れとはつくづく怖いものだ。
あれほど気後れしていた学校でも、1時間ほどブラブラしているうちに
すっかり自分の学び舎感覚になる。傍から見れば完全に在校生だろう。
ネミルもすっかりそんな顔である。順応性の高さは若さの証…なのか?
どっちにせよ、昼時を迎えるまでに俺たちは、学校に馴染んでいた。
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「あそこです。」
「おおなるほど。」
「でっかいオープンテラスだね。」
正午過ぎ。
ロナンの案内でやってきた場所は、まさに壮観だった。
要するに学生食堂の屋外テラスだ。とは言えこれだけ大きな学校だと、
たかが屋外テラスでもだだっ広い。当たり前の話ではあるけど、実際に
目にすると圧倒される。自分の店がこじんまりしてるから、尚更だ。
ま、だからって別に卑屈になる必要はない。せっかくの機会なんだから
大いに店の参考にさせてもらおう。ところで…
「待ち合わせの子は?」
「まだみたいですね。」
カフェのカウンターへと目を向けたロナンが答える。在校の常連だから
場所もきっちり決めてるんだろう。
「そのうち来ると思いますが…」
「それと、ケイナはいずこ?」
言いながらネミルがきょろきょろとテラスを見回す。なお、ケイナとは
ローナの事である。さすがにロナン相手に名乗らせるのはまずいので、
「恵神ローナ」を雑に縮めた。店の常連客、という設定で通している。
あまり寄り道していなければ、もう来ていてもおかしくないはず…
「あ、いた。」
「どこだ?」
「ほら、あの長机の端っこ。」
「…ああ、あれか。」
あのソバージュヘアは確かにローナのそれに間違いない。
しかし、何であんな感じなんだ?
何はともあれ、俺たちは待ち合わせをロナンに任せてそっちに向かう。
力尽きたのですと言わんばかりに、突っ伏しているローナの許へと。
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「おおい、どうしたローナ。」
「……」
呼びかけて肩をゆすると、ローナは実に気だるそうに上体を起こした。
ずれた眼鏡が情けなさをいや増す、神の威厳も何もない顔だった。
「何かあったんで…あったの?」
「酔った。」
「は?」
「若者酔いした…」
何て?
「いっぺんにあれだけ大勢の十代と話すのはキツイわ。想像以上だわ。
ちょっと甘く見てたわ。」
「それは…そういうもんなのか。」
「見た目だけ合わせてもダメだって事が大いに分かった。」
「そうなんだ。」
何と言っていいか分からない話だ。しかしその一方で、ほんの少しだけ
ローナに親近感がわいた気がする。
大勢の学生と話すのって、やっぱり疲れるよなと。
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「お待たせしましたー!」
掛け声にハッと我に返り、俺たちはそっちに視線を向ける。何と言うか
学校の雰囲気に当てられ、すっかり当初の目的を忘れていた気がする。
駆け寄るロナンの傍らに、彼女より背の高いブルネットの少女がいた。
「彼女が、あたしの学友のゲルナ。こちらは少し前に話した、喫茶店の
皆さんよ。」
「ゲルナ・ペルレンスです。どうぞよろしく。」
「トラン・マグポットです。」
「ネミル・ステイニーです。」
「ケイナです。よろしくね。」
簡単な挨拶を済ませ、皆で座った。何だか、落ち着いた雰囲気の子だ。
明らかに今のローナやロナンよりも年上に見える。何なら俺たちより…
トントン!
にべもない事を考える俺は、傍らのネミルが立てた音に向き直った。
手元を見ると、あらかじめ右手首につけていたブレスレットの飾り石を
中指で叩いているのが見える。このブレスレットには3つの石がある。
赤と白と、そして透明だ。ネミルが叩いているのは透明の石だった。
「…マジか。」
これは俺とネミルの情報伝達法だ。今のネミルは、指輪も着けている。
とりあえずそれで、目の前に座ったゲルナの天恵の「色」だけを見た。
赤なら宣告済み。白なら未宣告。
そして透明なら、そもそも現時点でまだ天恵を得ていないという事だ。
…つまり目の前のこの子は、15歳未満って事になる。ホントかおい?
下手すりゃネミルより年上に見えるこの子が、まだ14歳以下なのか?
隣に座ってるロナンより下って事もあり得るのか!?
…今時の子はそんなもんなのか。
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変なショックはさて置き。
「とりあえずお昼にしましょう。」
にこやかにそう言い放つネミルが、持参したお弁当を開いた。途端に、
ロナンとゲルナの顔がパッと明るくなる。そういう表情は歳相応だな。
…いや、あんたまで明るくなられると調子狂うんだけどな恵神。
ともあれ、下手な学食には負けない自信がある。こないだの出張でも、
レパートリーはずいぶん増えたし。
「い、いいんですかこれ?」
「どうぞどうぞ。」
並んでよだれを垂らしそうな二人…もとい三人。おい恵神、威厳は?
そんな様子を横目に、俺はさっさと紅茶を淹れて並べる。持ち込みは
禁止されていないし、ここは本職の意地を見せないとな。
「んじゃ、いただきます。」
「いただきます!」
行儀のいい挨拶に、他の生徒たちがチラチラと目を向けてきている。
自意識過剰でないのなら、明らかに羨望の眼差し。恐れ入ったか若者。
すっかり大人っぽさの抜けたゲルナもロナンも、大いに食べまくる。
言うまでもなく、ローナも。
いいねえ。
こないだのロンデルン出張も大いに勉強になったけど、これはまた別の
新鮮さがある。飲食業はどこまでも勉強あるのみだ。何より楽しい。
口数は多くないけど、ゲルナという子はなかなかいい子って印象だ。
ロナンが仲良くなるのも分かる。
で、肝心な問題。
今日この瞬間の彼女は、違和感アリなのかナシなのかどっちだ?