ピアズリム学園へ
何だかんだ言いつつ、俺とネミルはかなりビビっていた。
頼まれた事に関してではなく、単に「学校に潜り込む」という点に。
年齢的に無理があるから…といった理由ももちろんある。とは言っても
ロナンの通う学校は生徒の年齢層が厚い。聞いた限りでは、俺たちより
年上の生徒さえいるらしい。なら、あまり意識するのは逆効果だろう。
要するに、堂々としていればいい。ただそれだけの事だ。
…どっちかと言うと、学校の規模の大きさの方に気後れしていた。
俺もネミルも、街のごくごく小さな学校にしか通っていないのである。
もちろんちゃんと卒業したし、そのおかげで最低限の教養とか常識とか
そういったものは身に着けた。別に学校自体が嫌ってわけじゃない。
だとしてもやっぱり、大きな学校に足を踏み入れるのはかなり怖い。
難儀な性分だなまったく。
引っ張っていってくれるローナには正直、感謝しかなかった。
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そんなわけで、約束の水曜日。
ロナンの通っているピアズリム学園は、共学であると同時に完全私服。
通う学生のカリキュラムもバラバラなので、キャンパスには絶え間なく
人の姿がある。もちろん、出入りも自由だ。…というか、駅前に広がる
小さな街が丸ごと学校になっているので、出入りという概念も曖昧だ。
つまり、気にするほどの事もない…という事だった。
「いつも悪いな。」
「いえいえ。いずれお店を乗っ取るつもりですから気にしないで。」
「いや堂々と簒奪予告するなよ。」
「いってらっしゃあい!」
最近、ポーニーに留守を任せるのが違う意味で不安になる時がある。
まあ、頼もしいって事なんだが。
ともあれ、弁当持っていざ出発だ。
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「おお…」
「ああ…」
駅から出たところで、俺もネミルも揃って変な声を上げてしまった。
首都ロンデルンの賑わいと人の多さにも圧倒されたけど、ここの喧騒は
ひと味違う。何と言っても、若者の比率が凄い。街自体が大きな学校と
なってるから当然なんだろうけど、俺たちにはカルチャーショックだ。
…いや「若者」って。
いいかげん、自分の若者成分枯渇が本気で心配になってくる。
何だかんだで、まだ結婚式も挙げてないってのに。もっと若くあれ!
「さー行こう行こう。」
気後れしている俺たちと対照的に、ローナはいたってテンション高い。
「いつでも来られるんだろ?実際、ずっと店にいるわけじゃないし。」
「知らなかったもん、こんな街。」
俺の問いに対し、ローナはさも当然といった口調で答える。
「何度も言ってるけど、元の状態のままだと細かい認識とか出来ない。
逆にこの姿だと、耳目の届く範囲は見た目とあんまり変わらないのよ。
だから知らない場所ばっかり。」
「…そうだったな。」
さすがにもう今さら、ローナのその仕様を「不便だな」とは言わない。
いくら神とは言え、何でもかんでも簡単に覗ける世界なんて面白くも
何ともないんだろう。長年退屈していたというのなら、むしろ不便さを
愉しんでいても不思議じゃない。
そんな事を考えるうちに、気後れの感覚が無くなってきた。
そうだ。よく考えれば俺の店って、常識外な連中のたまり場だったな。
今さら大勢の学生ごときにビビってどうする。堂々としてればいい。
「よし。んじゃロナンと待ち合わせした公園へ行こう。」
「うん。」
「あ、あたし後から合流するね。」
「は?」
ここまで来て何なんだと思うけど、ローナはあくまでマイペースだ。
「せっかく来たんだし、今時の若者と同じ目線で話をしたくってさ。」
「いやまあ…うん…好きにしてくれ。でも昼に食堂前広場に来てくれよ。
待たないからな?」
「了解です店長。じゃ後でねー。」
手を振りながら、ローナはさっさと人混みの中に紛れてしまった。
置いてけぼりになった俺とネミルは顔を見合わせ、肩をすくめる。
「行くか。」
「行こっか。」
そう言いながら、思わず二人同時に笑う。
何だ、結果的にちょっとしたデート感覚になってるじゃないかよと。
でも悪くない。
気持ちは若くありたいからな。
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「あ、こっちですぅ!!」
混雑は駅前ほどではなかった。
キャンパスも思ったほど広くはないので、道に迷うって事もなかった。
公園で待っていたロナンとも、割と呆気なく落ち合えた。
「お待たせ。」
「いえいえ。あたしもちょうど今、午前の授業が終わったとこです。」
「で、例の子ってのは?」
俺の問いに対し、ロナンはちょっと肩をすくめて答えた。
「授業が別だったから、今ここにはいません。お昼を一緒に食べようと
誘っておきましたから。」
「なるほどね。」
その方がいいと俺も思う。時間的に中途半端だし、いきなり面識のない
男女が現れたら警戒されるだろう。なら、一緒にお昼をという態の方が
無理がない。俺とネミルも学生だと思って………もらえれば…いいけど…
「馴染んでますねお二人とも。」
「え、そう?」
「そう見えるか?」
「もちろんですよ。」
「そうか…」
嬉しい事言ってくれるじゃないか。ちょっと自信が湧いてくる。
…いや、何しに来たんだっけ?
「まだちょっと時間ありますから、校内を案内しますよ。」
「いいの?」
「もちろん。」
「是非に!」
俺とネミルの声が、図らずも被る。ああ、考えてる事は同じなんだな。
まあいいや。
天気もいいし、オープンキャンパスとしゃれ込もう。
問題に取り組むのは、それからだ。