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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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常に気持ちを若く持て

どんな事であれ、好きでもないのに続けるのは難しい。

まして、毎日が忙しければなおさら継続は難しい。


「氷の爪」に対しての警戒態勢は、もはや完全に形骸化していた。

神託師の連続殺人事件が、解決したというわけではない。不安要素は

今でもほとんど払拭されていない。


それでももう、俺もネミルも大して心配していなかった。

自分でもそれでいいのかと思ったりするけど、いかんせん毎日忙しい。

店はすっかり街に根差したし、季節が巡って観光客の数も増えている。

やる事も考える事も多い日々の中、関与が許されていない事件に対する

興味はどんどん薄くなっている。


「まあ、それでいいんじゃない?」


ノートパソコンとやらを弄りつつ、ローナがそんな事を言う。


「薄情だと言われりゃそれまでよ。だけど実際、あの3人にはまったく

面識もなかったんでしょ?」

「ああ。今でも名前も知らない。」

「だったらいつまでも気に病む必要はない。理不尽な犯罪ではあるけど

悲しんだり憤ったりは遺族や友人の役割よ。割り切っときな。」

「…………………………そうですね。」


俺より先にネミルが納得した。まあ実際のところ、俺にも異論はない。

達観が過ぎた見解ではあるけれど、何しろ言ってるのは本物の恵神だ。

言ってる事の説得力も段違いだ。



俺たちは俺たちの日常を守る。

それでいいって事だろう。


================================


考えてみると、この店を開いてからずっとドタバタ続きだった。

単純に余裕がなかった事も含めて、やっと「落ち着いた」とも言える。


「最近は平和ですね。」


お皿を丁寧に拭きながらポーニーも呟く。彼女自身も波乱のひとつでは

あったけど、今ではすっかり正規の店員の風格だ。努力も怠らないから

数日ならば丸ごと店を預けられる。成長が何だか頼もしい。


恵神の来訪なんて、どうなる事かと思っていたけれど。

案外彼女がここにいる事によって、ささやかな平穏が保たれるのかも

知れない。ただの想像だけど。


だけどやっぱり、人間って勝手だ。

無いなら無いで、ほどほどの波乱が起こらないかなと考えてしまう。



そしてある日、それはやって来た。


================================


「どうもお久し振りです!」

「お久し振り。」


夕方頃になってから来店したのは、ロナンだった。引っ越してきた頃と

比べると、けっこう背が伸びてる。ここしばらく顔を見てなかったけど

やっぱり若いと成長も速いなあ。

…などと変に年寄りじみた己の考えに、俺は苦笑するばかりだった。

まだ子供もいないってのに。まあ、前向きに捉えよう。


「学校は楽しい?」

「ええ。友達も増えました。」


どことなくお母さんっぽいネミルの問いに答え、ロナンは笑った。


「色んな同級生と話せば話すほど、いかにうちの兄が変だったのかが

よく分かります。」

「まあその…そうよね、うん。」


そこを今さら再認識するのかよ。

確かに思い込みの激しい人だけど、シュリオさん今は女王の直属だぞ?

何だか少し気の毒に思えてくる。

ポーニーがいたらどんな顔するか。


「でもまあ、充実してそうで何よりだと思うよ。」

「ありがとうございます。えっと、いつものを。」

「はいはい、ただいま。」


常連っぽい言い回しを得意げに使うあたり、やっぱり若いなこの子。

…………………

いかんいかん。

俺もまだまだ十分に若いはずだぞ。それなのにこんな保護者めいた事を

当たり前のように考えてどうする。もっと気持ちを若く持て!


接客業って、ある意味怖いなあ。


================================


「それで、ですね。」


ひとしきり談笑したのち。

ふと真顔になったロナンが、口調をあらためて告げた。


「ちょっと相談があるんですが。」

「え、俺たちに?」

「はい。」

「…………………………」


俺もネミルも、何となく窓際に座るローナの様子を窺っていた。

いつも暇そうなあの恵神が、ヘタに首を突っ込まなきゃいいけど…

まあいいや。その時はその時だ。


「何でしょう。」

「学校の友だちの中に一人、変な子がいるんです。」

「変というと…どのくらい…」

「以前の兄と同じレベル。だけど、方向性が全く違う感じです。」

「そりゃ相当なもんですね。」

「でしょ?」

「ちょっとちょっと二人とも。」


流れで話す俺とロナンを、さすがにネミルがたしなめる。


「失礼しました。んで、具体的にはどんな風に変だと?」

「時々、別人になってしまうような感じなんです。」

「別人?それって…」


ネミルが怪訝そうに呟く。明らかに心当たりのある口調だ。

もちろん、俺にも心当たりがある。

かつて店に来た、「変身」の天恵を持つルソナ・ラズペスさんだ。

外見は完全に理髪師のトリシーさんを模してたけど、ニセモノだった。

あの天恵はそれほど希少じゃない。もしかしてロナンの学校にも…


「誰かが天恵で化けてるのかも、と考えたんですが。」

「えっ」

「考えたの?」

「?…もちろんです。」


何となく気まずい気分になった。

そりゃそうか。そのくらい考えても不思議じゃないか…


「でも、いつもじゃないです。日によって違う。違和感がまったくない

日も多いんですよ。それに…」

「それに?」

「違和感がある時でも、話す内容が決定的におかしくなる訳じゃない。

ちゃんと共通の話題にもついて来るから、余計に分からないんです。」

「…………………………」


俺もネミルも、しばし黙り込んだ。


違和感があっても話す内容に破綻がないというのは、確かにおかしい。

もしかすると人格が分裂したのか、それとも情報を聞き出したとかか。

何にせよ、友人がそんな中途半端な状態になれば気になるのは当然だ。

しかし、じゃあどうすれば…


「一度、あたしの学校に来て実際に彼女を見てもらえませんか?」

「え?」

「あたしたちが…?」


マジか。

若いつもりではいるけど、さすがに学校に潜入というのは…


「いいじゃん行こう行こう!」


ガシッ!


いきなり背後から肩に手を回され、俺とネミルは一瞬息が詰まった。

誰かと判断するまでもない。視線を向ければ、ローナの横顔があった。

しかもいつもの姿ではない。いつの間にか、「年下バージョン」の姿に

タイプチェンジしている。…これ、ついて来る気満々だな。


「たまには若人の集う学び舎へ!」

「…………………………」


これ、もう決まりだな。


「そういう事で。」

「ありがとう!いつにします!?」


って、ロナンも全然動じないなあ。ローナの介入は気にならないのか。


「…じゃあ、次の水曜日に。」

「了解です!」


あっという間に決まってしまった。

仕方ない。



気持ちを若く持って臨もう。

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