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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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共転移の業

あの日を境に、私は変わった。


天恵は天からの恵みなどではなく、恵神ローナからの呪いだった。

少なくとも私にとって、そうとしか考えられなくなっていた。


共転移は、この上なく便利な力だ。誰よりも母がそう言っていた。

どうしてこの力をそこまで欲するかについては、すぐに理解できた。

母と共に共転移を行う中で、真意は否応なしに分かってしまった。


母は、私が思っていた人間とは少し違っていた。

もちろん、私自身が母という存在を美化し過ぎていたのは確かだろう。

神託師としての務めを果たす姿を、誇らしく思っていたのも事実だ。

名ばかり神託師とは一線を画すその生き方を、心から尊敬していた。


別に、その姿が何もかも偽りだったという訳じゃない。母は間違いなく

神託師であり、ちゃんと天恵宣告を行える人だ。それくらい知ってる。

副業も認められ、年金ももらえる。いくら神託師であったとしても、

身も心も清廉潔白な聖者である必要などどこにもない。それが現実だ。


そんな事を言いたいんじゃない。

理屈じゃない。共転移のたびに覗く母の心が、理解し難かっただけだ。

理屈じゃない。感情が母の生きざまを受け付けなかった。


ただの悪意とかじゃない。

母は今の時代に、明確な「野望」を持っている。神託師という立場を

最大限に活かし、社会に訴えかけて大きな変革を起こそうとしている。

こんな風に言葉にすると立派な事に思えるけど、実情はそうじゃない。


どんな手を使ってもいい。

人を騙してもいい。

誰かを偽ってもいい。

必要とあらば、殺してもいい。


母が実際に何をしたのか、さすがにそこまでは読み取っていない。

読み取りたくもない。抱え込むにはあまりにも重い話だから。


本当に、理屈じゃない。


母の心と記憶は

私にとって

あまりに恐ろしかった。

あまりに残酷だった。

そして

あまりにも悲しかった。


母という存在が。



それを愛し誇った、自分自身が。


================================


その日以来。

私の心は、少しずつ死んでいった。


今年は「デイ・オブ・ローナ」から数えて200年という区切りの年。

さすがにここまで時代が変われば、ローナの怒りは怖れなくてもいい。

最低限の規律は守りつつ、衰退したロナモロス教を立て直していく。

その目的達成のために、私の天恵はこの上もなく役立った。

母と同じような野望を持つ人たちを何度も何度も、共転移で運んだ。

そのたびに、彼ら彼女らの心の中の闇を垣間見た。


真に怖れるのはローナの怒りのみ。逆に言えば、それ以外の事に関して

まったく躊躇いの感情を持たない。必要とあれば残酷にもなるらしい。


それが悪いとは言わない。

あなたたちは間違っているなどと、偉そうに言えるはずがない。

私はまだ、子供なんだから。


そう。私はまだまだ子供だ。

世の中を達観できるほど生きてないんだから、何も言えない。



何も言えないまま、己の中に他者の記憶を宿していった。

それはいつも私の心にまといつき、記憶となって澱のように溜まった。

口に出す事ができない記憶だけが、私の臓物の中を満たしていった。


何度吐き出したいと思っただろう。

誰かに聞かせたいと思っただろう。


思うだけだ。



私には、何もできなかった。


================================


3人の神託師が殺された。

もちろん、その事も知っていた。

なぜ殺されたかも、誰かの記憶から得た覚えがある。誰かは忘れた。

誰であろうと同じだから、もう私は細かく憶えようとも思わなかった。

考えるのが嫌になっていた。


母やネイル・コールデンさんたちにとって、私は便利な存在って事だ。

だったらもう、それでかまわない。正義も道理も全てが煩わしかった。


もしかしたら、母は私がこうなる事を望んでいたのかも知れない。

何も感情を示さずに、粛々と命令に従うだけの生きた人形。


それでいい。

いつか死ぬ日まで、私はそうやって生きていくだけでいい。

誰かの内の、知りたくもない記憶をその身に抱え込んだままで。


それでいいはずだった。


================================


母たちは、浮足立っていた。


3人の神託師を無駄に殺した直後、エフトポさんが大当たりを引いた。

【鑑定眼】なる天恵を持つ人物を、引き入れる事ができそうとの事。


皆、その知らせに沸き返った。

もちろん私は、その理由についても誰より詳しく理解していた。

それこそ、母が思う以上に。

醜悪なパズルの全体像など、全てのパーツがなくても見えるのである。


オレグスト・ヘイネマンさん。


彼が、ロナモロス教と天恵の定義を根底から覆す。

何の感動も抱かず、私は訪れた彼を用意された家まで共転移で運んだ。

興味などなかったけれど、やっぱり彼の記憶の一部が押し売りされた。


だけど。

何なんだろう、この記憶は?


いつもと決定的に違うのは、それが本人の認識の外にあったって点だ。

天恵の感覚でハッキリと確信した。

彼は、私が得た記憶を憶えてない。封じられたかの如く喪失している。

どういうわけか私は、その不思議な記憶を覗き見たらしい。


そこにいたのは二人の人物だった。


「魔王」の天恵を持つ若い男性と、彼に寄り添う若い女性の神託師。

誰なんだろうか。


オレグストさんの封じられた記憶。

そこに潜む、名も知らぬ二人。



この人たちは、誰なんだろうか。

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