モリエナの天恵
私の母は、神託師だ。
物心ついた頃から、それはごくごく当然の事実として認識していた。
天恵宣告の衰退が著しい時代だとはいえ、母の仕事を目にする機会は
けっこう多かった。名前だけを継ぐ世襲の神託師がほとんどである中、
能力も実績も備えている母は、私の誇りだった。
しかし、私は母の跡を継ぐ立場ではない。長女であり、弟や妹は四人も
いる。みな元気で母との関係も良い子ばかり。よほどの不幸がない限り
末子の相続が原則である神託師に、私が選ばれる機会は巡ってこない。
その現実に、不満などはなかった。母は母、私は私だ。別にどうしても
神託師になりたいわけではないし、他にできる事などいくらでもある。
長女の立場から母を支える生き方を探すのも、悪くないと思っていた。
それでいいと、思っていた。
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恵神ローナを崇めるロナモロス教の衰退は、誰の目にも明らかだった。
かつての栄華を物語る教会はどれも朽ち果て、信者の数は減少の一途。
200年前、世界中を震撼せしめた「デイ・オブ・ローナ」によって、
ローナを崇拝する宗教が衰退した。それはどこまでも皮肉な話だった。
そんな衰退著しいロナモロス教を、どういうわけか母は援助していた。
一見、神託師とロナモロスの関係は密接に思える。しかし実際のところ
天恵宣告と宗教とは結びつかない。いや、特に結びつける必要がない。
なぜなら天恵というものは、信心のまったく無い者でも授かるからだ。
どれほどロナモロス教や天恵宣告が廃れようとも、人は15歳になれば
天恵を授かる。宣告を受けなければ覚醒は起こらないけど、天恵自体は
聖人だろうが罪人だろうがその身に宿る。貴賤も信仰も何も関係ない。
そういう意味で、神託師という職はどこまでも純粋だったはずだ。
しかし母は、消えゆくロナモロスにいつも執心していた。
とは言え、別にそれで母を嫌悪したわけではない。私自身は宗教に対し
さほど興味はなかったけど、捉え方は人それぞれだと思っていたから。
たとえ栄華は遥か彼方であろうと、恵神ローナを崇拝する心は純粋だ。
そんな人たちを応援する心意気は、むしろ誇らしいとさえ思えていた。
そう。
15歳になるまでは。
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誕生日を迎えると同時に、私は迷いもなく母から天恵宣告を受けた。
正直、どんな天恵を得るかの想像はほとんどしていなかったなと思う。
あまりにもそれは当たり前過ぎて、逆に実感が伴っていなかったのだ。
神託師の長女として、当然のように天恵を授かる。今にして思えば、
私は神託師の子の鑑だっただろう。宣告を受ける前でも受けた後でも、
母を支えたいという信念に迷いなどまったく無いと信じていた。
そうして私は得た。
【共転移】という、非常に希少かつ有用な天恵を。
告げた母も、我が事のように喜んでくれた。まぎれもない、母の顔で。
あの日
あの時
それは
私の人生で最も幸せな瞬間であり
そして
幸せが終わった瞬間だった。
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希少ではあるものの、共転移自体は前例のない天恵ではなかった。
調べてみれば、どういう能力なのかすぐに判明した。
「つまり、誰かと一緒に転移できるという事なのね。」
「そうみたいね。凄いじゃない!!さすがはモリエナ!!」
母は、それまでのいつより喜んだ。私を誇ってくれた。
「これからも、お母さんを手伝ってくれるかしら?」
「もちろんだよ。」
迷わず答える自分が誇らしかった。未来に疑問など微塵もなかった。
だからこそ、迷いなく自分の天恵を実践で試してみた。
「最初だから近い距離の方がいい。気をつけてね。」
「うん。」
最初の実践で、私は母の知り合いの男性を公園から家に共転移させた。
不安はあったけど杞憂に終わった。呆気なく私とその男性は家に転移。
母も弟妹たちも他の人たちも、その結果に大喜びしてくれた。
私も笑って応えた。
ちょっと及び腰だったその男性も、上々の結果に湧き立っていた。
だけど。
歓声の只中で、私の心は氷のように冷え切っていた。
誰も知らなかったのだろうか。
過去にも共転移の持ち主は存在したはずなのに、どうしてなのか。
私だけが特異だったのだろうか。
それとも過去の持ち主たちが全員、死ぬまで隠し通したのだろうか。
信じられなかった。
だけど、疑う事は出来なかった。
それが自分の天恵の真実であると、心と体が確信してしまっていた。
一緒に転移した男性。
彼は母と姦通していた。
私がまだ幼かった頃から。
すぐ下の弟は、彼の子だった。
母もそれを知っていた。
何も知らない父を欺いていた。
私の事も欺いていた。
そう。
一緒に転移した者の記憶の一部が、強制的に頭の中に流れ込んでくる。
知りたくもない相手の心の内側を、否応なしに覗き込んでしまう。
私の共転移は、そんな天恵だった。