オレグストの価値
「オレグスト・ヘイネマンです。」
『お待ちしておりました。』
扉の向こうから聞こえてきた声に、聞き覚えがあった。
耳を砕かれた時、教主ミクエのすぐ後ろにいた女だ。間違いない。
場を仕切っている印象だったけど、やはり相応の地位にいる者なのか。
…と言うか、速いな。
この街へと出発した俺とエフトポを見送ったはずなのに、先乗りだと?
どんな方法で移動したんだか。
「入っても?」
『ええ。ただし…』
一瞬の間に、何を言われるか予想がついた。
『中にいる者の天恵を見る行為は、お控え下さい。よろしいですね?』
「承知しました。」
やっぱりその事か。言われなくても絶対に見ないとも。もう二度と、
あんな目に遭うのはまっぴらだ。
『では、どうぞ。』
ガチャ。
鈍い音と共に、扉が少しだけ開く。俺は迷わずそれを大きく開けた。
今さら委縮するのは、逆に悪手だ。開き直ってやろうじゃないか。
さあ、俺に何を求める?
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聖堂は思ったよりずっと狭かった。待っていた人間も、わずかに二人。
いささか拍子抜けだった。
「どうぞ、おかけ下さい。」
着席を進めてきたのは、予想通りのあの女だった。俺より年上だろう。
どうやらかなりの地位らしい。で、もう一人は初老の女性だった。
椅子に座った俺を、最初の女が正面から、もう一人が横から見据える。
いささか居心地が悪いものの、別に威圧感のようなものは感じない。
もちろん天恵なんか見ない。禁止と言われている以上、冒険はしない。
「自己紹介が遅れましたね。」
正面の女が、そう言って居住まいを正した。
「私はネイル・コールデン。教団の副教主を務めております。」
「副教主…ですか。」
予想の範囲内ではある。おそらく、教主のミクエより力関係的に上だ。
前回会った時に比べると、挑戦的な物言いはなくなっていた。
俺は既に名乗っているし、素性など判明済みだろう。自己紹介は省く。
それは二人も承知らしい。続いて、初老の女性が口を開いた。
「私の名はグリンツ・パルミーゼ。若い頃から神託師をしているよ。」
「え?…何ですって?」
思わず聞き返してしまった。
あまりにも何気ない自己紹介の内容が、俺の予想を大きく超えてきた。
「神託師だ、と言ったんだよ。名前だけでなく、宣告も出来るよ?」
「そ…う…ですか。」
気後れが声に出るのを感じた。
まさかこの場に神託師がいるとは、ついぞ予想していなかった。
いやそもそも、俺が神託師に会うという今の状況自体、考えられない。
…と言うか、この教団にもいたのか神託師。それが一番意外だった。
「まあ気持ちは分かりますが、別に警戒しなくても大丈夫ですよ。」
俺の疑念を見透かしたかのように、ネイルがそう言って笑う。
「グリンツは、この私の前の代から教団のため尽くしてくれています。
大きな声では言えませんが、専属に等しい存在なんですよ。」
「専属の神託師ですか…」
どうやら俺は、ロナモロスをかなり見くびっていたらしい。
正規の神託師を抱え込むなど、その組織力はかなりのものなのだろう。
なおさら分からない。なんで俺は、ここに招かれたんだ?
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「他人の天恵を見る天恵。いやはや驚いたよ。」
俺の顔を見ながら、グリンツがそう呟いた。
「かく言う私も今まで散々見てきたが、あなたのような天恵の持ち主は
さすがに見た事がない。…よっぽど希少なんだろうね。」
「それは…どうも。」
正直、そう言われても反応に困る。
希少であろうとなかろうと、個人の持つ天恵はひとつだけなのだから。
ましてこの人物は神託師だ。下手な事を言うと洒落にならないだろう。
…………………………
もういい。
いい加減、気を回すのも飽きた。
「俺にどんな用ですか?」
開き直った俺は、二人の顔をじっと見返して告げた。
「今さら言うまでもない事ですか、俺は天恵を「見る」だけなんです。
告げたところで、その相手が覚醒を果たすわけでもない。こんな俺に、
何を期待しているんですか。」
「ご自身が仰る通りの事ですよ。」
淀みなく答えたのは、グリンツではなくネイルの方だった。
「間違いなく天恵を見る事ができ、しかも告げても覚醒に至らない。
更に言えば、ネラン石も必要ない。まさに我々が求めていた人材です。
ねえ、グリンツ?」
「その通り。」
言葉を交わした二人の表情に、俺は初めてかすかな戦慄を覚えていた。
…何だ、何をやらせる気だ俺に?
「あらためて歓迎します。ようこそオレグスト・ヘイネマン様。」
副教主ネイル・コールデン。
にこやかな笑みの向こう側に、底の知れない何かを秘めている女だ。
いいだろう。
聞いてやる。