衰退の先にあるもの
イグリセ王国最南端にある古都市・オロイク。
かつては大陸との貿易で栄えた都市だったらしいが、この200年間で
衰退の一途を辿り、遠からず都市として寿命を終えると言われている。
そのきっかけとなったのはやはり、200年前に恵神からもたらされた
警告「デイ・オブ・ローナ」だったらしい。宗教都市の顔も持っていた
この街は、天恵宣告が廃れていくのに呼応して、力を失っていった。
「こんな街が本拠地なのかよ。」
長旅で痛くなった腰をさすりつつ、俺はそんな言葉を口にしていた。
乗り掛かった舟とは言え、あまりに現状は心許ない。大丈夫なのか?
「こんな街だからこそ、ですよ。」
すぐ隣を歩く中年男―エフトポが、意味ありげに笑いながら言った。
俺の耳を砕いたゲイズの父親だが、娘より更に腹の内が読めない男だ。
ただし愛想はいいし、俺の質問にも面倒がらずに答えてくれる。
対外の交渉を担当しているらしい。なるほど人当たりがいいわけだな。
「忘れられつつある中で、新たなる始まりを告げる。それこそが我々の
悲願でもあるわけですから。」
「…何だか、立派な建前って感じにしか聞こえないな。」
「建前は大事ですよ。少なくとも、我々は宗教団体ですからね。」
「…………………別にいいけどな。」
淀みない言葉の中に、この男の本音のようなものが混じっている。
確かにロナモロスは、恵神ローナを讃える宗教だ。今も昔も。
教義が衰退しているとは言っても、敬虔な信者は必ず存在するだろう。
何と言ってもローナは、200年前に実在がほぼ確定したんだから。
だがこのエフトポという男、そんな信心などとは無縁の存在に思える。
一歩も二歩も引いた視点から全てを客観視していると言うか、宗教を
手段として考えているような空気をまとっている。だから放つ言葉にも
他人事めいた気配が漂うんだろう。
そしておそらく、俺がそういう風に感じている事を承知で喋っている。
教主ミクエの「治癒」に対する感銘は別として、これ以降は冷めた目で
構えていればいい…と暗に言われたような気がする。
ま、いいか。
というか、俺だってもともと信心はほとんど持ってない。自分の天恵も
恵みをもたらさなかったんだから、別にそう考えててもいいはずだ。
そう考えたからこそ、俺は明らかに犯罪を匂わせているロナモロス教に
参加する事を決めたのである。
利用されるか、それとも自分なりに利用するのか。まだ分からない。
まあどっちでもいいという考えも、少なからずあるかも知れない。
「着きましたよオレグストさん。」
やがてエフトポは、廃墟めいた教会の前で立ち止まった。…おいおい、
マジでこんな場所が根城なのかよ。
なんか、逆に楽しみだな。
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外から見ても判る。ってか、ここは割と有名な昔の教会だったはずだ。
衰退が始まった200年前までは、ロナモロスの総本山だったのでは?
「言いたい事は分かりますよ。」
錆だらけの扉を抜けたエフトポが、そんな事を言いながらニッと笑う。
「時代遅れの教団が、こんな廃墟で何をしようと思ってるんだとね。」
「正直、まさにそんな感想だな。」
言い繕うのも面倒なので、俺はそう答えた。
大それた事を企むのならば、せめてもう少し体裁を考えるべきだろと。
「一体、何をしようと考えてんだ?それによって話は変わるだろう。」
「未定ですよ。」
「は?」
「具体的な話に関しては、これから見出していくと言った方が正しい。
我々とて、手探りなんですよ。」
「…………………………」
返す言葉が浮かばなかった。
思っていた以上に、こいつらの抱く野望は漠然としたものだった。
「こちらです。」
聖堂らしき扉の前まで来たエフトポは、うやうやしい仕草で俺を招く。
「ともあれ、まずはお話を。」
「…ああ。」
どこまでも煙に巻かれているような感じだが、さすがにここまで来れば
冗談でやってるんじゃないって事は分かる。実際、人も殺してるんだ。
「入ればいいのか?」
「どうぞ。私はこちらでお待ちしていますので。」
言いながら、エフトポは意味ありげな仕草で両手をそっと掲げた。
「あなたもまた、大いなる可能性の一翼です。それをお忘れなく。」
「分かった。」
答えた俺は、驚くほど迷いなく扉を開ける。実際、迷いは消えていた。
自棄になったわけじゃない。いや、俺にはそんな理由など特にない。
人生に絶望しているわけでないし、天恵で金儲けだってできる身分だ。
わざわざこんな場所に来た理由は、これから見出していけばいい。
そう。
俺の【鑑定眼】でな。