いいかげんはお互いさま
「他でもないあなた達なら、いかに死に戻りがヤバい天恵かって事は
知ってると思う。」
そう語るローナの声には、いつにも増して実感がこもっていた。
「もともと天恵には、それを持つ者が死ぬと同時に消滅するタイプと、
次の人間に転移してあくまでも存在し続けるタイプがある。死に戻りは
典型的な後者。ずいぶん昔から存在してるのよ。」
「じゃ、何度もあんな人間が世界を歪めてたってのか?」
「いやあ、発現したのは2度だけ。それも300年以上前の話よ。」
「そうなんですか?何だか意外…」
ポーニーが意外そうに言った。
「そう。天恵宣告を受けない限り、死に戻りは発現しない。そのままで
天寿を全うすれば、その人間が戻る事はないの。あなたの魔王と同じで
その代に一人しか存在し得ない天恵だから、発現の可能性は低いのよ。
ここまで天恵が廃れた時代にそれを当てたの、ハッキリ言って驚き。」
「…………………………」
俺もネミルもポーニーも、ちょっと何を言えばいいか分からなかった。
そんな宝くじみたいな確率で、あの狂気の男とエンカウントしたのか。
俺たちの絶句など気にせず、ローナは何気ない口調で続ける。
「知っての通り、発現した死に戻りは世界を巻き戻す。何度も何度も、
それこそ無限にね。レコードの針が飛んだみたいに、世界はそこから
前に進めなくなる。そうなった場合にのみ、あたしは介入するのよ。」
「つまり、死に戻りを排除するって事なのか。」
「あんまりやりたくないけど、まあそういう事。過去二回の時も、実に
嫌な思いをした。だけど仕方ない。今回もそろそろ行こうかと思って、
天恵の持ち主を探してたら…」
「あたしたちが先に排除していた、という事ですか。」
「さすがにビックリしたわよ。あの死に戻りを同じ人間が終わらせた。
正直、見当もつかなかったからね。で、あなたたちに興味が湧いた。」
「…なるほど…。」
遅かれ早かれ、エゼル・プルデスは恵神ローナの手で消されてたのか。
だけどそれでは、ディナたちの命は取り戻せなかっただろう。今さら、
自分たちのした事に後悔などない。ただ驚いているだけだ。
あの時は本当に必死だったけど。
それが今につながったと思うと…
何だかなあ、ホントに。
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どうして恵神ローナがわざわざ俺の店に来たのか。
その理由は、だいたい理解できた。想像を大きく超える話だったけど。
かくしてローナは、店に居ついた。俺たちの動揺などお構いなしに。
何で皿洗いなんかするのか訊けば、無駄に法を破りたくないからだと。
確かに食い逃げする神なんて嫌だ。そんな大罪の片棒は担ぎたくない。
本人が楽しんでやってるんだから、別に文句はない。
…言いたい事なら色々あるけれど。
そう言えば、初めて来た頃と比べてひとつ、大きな違いがある。
最初は明らかに少女の姿だったのに対し、今は3~4歳ほど年上の姿に
なっている。どうやら、どうしても敬語口調が抜けないネミルに対する
配慮らしい。ってか、あきらめたと言った方が正しいんだろう。何度も
指摘するのも疲れるだろうし。
「あたしはどっちでもいいしね。」
本人の判断は、至って軽い。そして聞くところによると、この姿ならば
年齢や体格はそこそこカスタマイズできる。まったく違う姿となると、
また一から作り直さないといけないから大変なんだとか。
それはそれで助かる。
いつも違う姿で来られたりしたら、気の休まる時がないからな。
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そんなローナは、いつもお気に入りの窓際の席に座っている。
そこで何をしているのかと言えば…
「何だよそれ。」
「ノートパソコン。」
「…まあ、少なくともこの世界には無いものって事は分かるんだが。」
「あと100年もすれば出てくると思うよ?適当で悪いけど。」
「そんなもん持ち込むなよ…」
こういうところが困るんだこいつ。
「じゃあ、未来から持ってきたって事か?」
「違う。あたしはこの世界の一部に過ぎないから、現在しか見えない。
過去や未来を覗いたり、何かを持ち出したりって事は出来ないよ。」
「じゃあどっから持ってきた?」
「異世界。」
やっぱりか…
「いわゆる「異界の知」よ。ここと異なる世界なら、時間軸を気にせず
のぞき見が出来る。言ってみれば、録画番組のチャプターみたいな…」
「わざと言ってんだろそれ。せめて分かる例えをしてくれよ。」
「難しいなあー。」
俺の抗議を軽く受け流すローナは、ノートパソコンとやらを得意げに
カチャカチャ操作してフッと笑う。
「喫茶店でノートPC開いて一服。デキる女性像って感じでしょ?」
「知らねえよ。」
一事が万事、こんな調子だ。
つくづく思う。
神だって、いいかげんなもんだと。