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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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天からの恵みを

最近の、俺の人生の傾向。


何かが決まると、早送りが始まる。俺自身がついて行けないくらいの。

ちょっと待ってくれと言えない理由は、それが大抵「いい事」だから。

だったら、置いてけぼりにならないように突っ走るしかない。


19歳になってから、慌ただしい。


================================


「急ぐんですよね?」

「ええ、それはそうなんですが。」

「だったら、今やれる事は済ませてしまいましょう。」


そう言いながら、トーリヌスさんはニッと意味ありげに笑った。

何と言うか、圧が強い。下手に断る事など、出来そうになかった。


「せっかく私がいるんですから。」


有無を言わせない、謎の説得力。


家の改装をお願いすると決めたのはついさっきだ。そこから急転直下、

「今日の間におよその改装プランを決めましょう」という事になった。

正直、俺もネミルもそのスピードについていけない。ってか、何で?

いやもっと本音で言うと、家の中に入れたくない。あまりにも雑然と

し過ぎているから…


「よくある事です。気にしない!」


ダメだ。

俺たちのかなう相手じゃなかった。


================================


というわけで、家の中に案内する。相変わらずゴチャゴチャのままだ。

下手にあれこれ漁ってた分、室内は余計に雑然としてしまっている。


「すみません物が多くて。いずれ、まとめて処分しようと思ってて…」

「処分!?」

「ぅえッ?」


苦しい言い訳に対する過剰反応に、俺はちょっと腰が引けた。…何だ?


「処分だなんてとんでもない。この部屋にある物は財産ですよ。」

「え…ど、どういう意味ですか?」


恐る恐るそう尋ねるネミルに対し、トーリヌスさんは強い口調で言う。


「君たちにとっては確かに不要品でしょうが、こういう古い家具を好む

顧客はいくらでもいます。まあ主に富裕層ですよ。」

「お金持ちが、こんな古びた家具をわざわざ…?」

「そう。例えばこれ。」


そう言って、トーリヌスさんは正面にあるチェストに手をかけた。


「140年ほど前のアンティークになりますが、これを製作した工房は

もう廃業しています。つまり今では手に入らないという事です。」

「そんなの判るんですか。」

「ええ、ひと目で判りますよ。」


答える指が、天板の刻印をなぞる。


「ちなみにこれなら、現在の相場で私の乗ってきた車2台買えます。」

「ぅえッ!?」


俺とネミルの、変な声がハモった。

この古びたチェストが、あの高級車2台に化ける…!?


「もちろん、そんな需要がいつでもある…というわけではありません。

あくまで、欲しい人がいればこその話です。」


俺たちのビックリ顔を見比べつつ、トーリヌスさんは笑って続ける。


「そんなお客がいつ現れるかなど、予想できない。だからこそきっちり

保管して、要望に応えられるように備えておくんです。…これもまた、

人の家を建てる大切な要素です。」

「な…なるほど…」


知らなかった世界だ。

けど、言われてみれば納得できる。新しければいいって話じゃないのは

何でも同じなんだろう。少なくとも理屈は納得できた。


「…そうですね。」


俺の表情を見ていたトーリヌスさんが、そこでふと頷いた。


「ここの物が君たちにとって不要品なら、私がまとめて引き取ります。

タダで譲ってくれれば、ざっと見て工費の7割程度にはなりますよ。」

「えっ、そ、そんなに!?」

「残り3割が、私からの先行投資。それでどうでしょうか?」

「…いいん…ですよね。」


いい加減、うろたえるのも疲れた。

嘘を言っているような気配もない。それは本人より、傍らに控えている

ノダさんの表情を見ればすぐ判る。ならもう、勢いで突っ切るだけだ。


「じゃあ、お願いします。」

「こちらこそ!」


ああ、これ大分いい取引なんだな。下手すりゃ利益が出るくらいの。

でも正直、俺たちにここの物なんて無用の長物。役に立つ道があるなら

任せた方がいいに決まってる。ならいちいち迷うな、遠慮するな。


さすがに俺も、順応してきたな。


================================


結局、工事竣工の前に全て引き取るという事で話はまとまった。

残しておきたい物だけリストアップし、それ以外は引き取ってもらう。

価値がつかなそうなものはこちらで処分しますという申し出に、素直に

甘える事にした。


正直、色んな意味で大助かりだ。

同じ整理するにしても、気持ち的にかなり前向きになれるだろう。


これでいいよな、爺ちゃん?


================================


「さてと。それじゃ頼むよノダ。」

「承知しました。」


そう言ったノダさんは、懐から黒い手帳を取り出した。…何だろうか?

俺たちに構わず、トーリヌスさんが室内を見ながら何かブツブツ呟く。

ノダさんは、それを委細漏らさずに書き留めているらしかった。

気になってチラっと覗き見る。と、そこには何かの数字列がびっしりと

書き並べられていた。


「…何やってるんですか?」


邪魔してはいけないとは思いつつ、好奇心に負けて質問する。しかし、

トーリヌスさんは怒る風もなくその作業を中断し、俺に振り返った。


「数値を拾ってるんですよ。」

「数値って、何の?」

「天井までの高さ、柱の太さの平均と重さ、劣化の度合い、床の強度、

全体容積…とまあ、色々ですね。」

「えっ」


ちょっと待ってくれ。

そんな数値を、器具とか何も使わずにただ見ただけで…!?


「言いたい事は分かりますよ。」


見透かしたように、トーリヌスさんは意味ありげに笑う。


「でも、お忘れじゃないですか?」

「え…」

「私は「建築」の天恵を持っている者です。これもその一つですよ。」


================================


そうだった。すっかり忘れていた。ってか、想像できていなかった。

天恵というのは、こういうものか。


「もちろん後日、正式な器具と技法を用いてきっちりと再計測します。

安全第一なので。でもこの30年、私の目測が実際に計測した数値から

ズレていた事はありません。なので再計測と並行して、資材調達などの

初期の準備が進められるんですよ。それこそが私の大きな強みです。」

「なるほど…!」


思わず唸った。

実際に目にした天恵は、紛れもなく特異な能力だった。この人はそれを

きっちりと使いこなしているんだ。確かにこれ、時間的にも費用的にも

ものすごい強みになるんだろう。


ふと目を向けると、何だかネミルが恥ずかしそうな表情になっていた。


「どうした?」

「…いや、その…ちょっと思ってたのと違うから。」

「と言いますと?」

「えと…」


顔を赤くしながら、ネミルが小声で呟く。


「手をかざしたら、ひとりでに家が出来上がったりするのかなって…」

「おい」

「なるほど、今の時代ならそういうイメージもあるでしょうねぇ。」


面白そうに笑いながら、トーリヌスさんが大きく頷いた。


「ですが、考えてみて下さい。」

「?」

「そんな神様のような力が得られるなら、皆が天恵を欲するでしょう。

しかし今日の現状は知る通りです。内容も判らず、望むものであるかも

定かでない。一方で人生を終わりにしてしまう可能性さえ含んでいる。

望まれなくなったのは、道理だとも言えるでしょう。」

「確かに…」

「そうですね。」


あらためて腑に落ちた。


神から託される天の恵み。だけど、活かせるかどうかは本人次第の力。

廃れた理由はいくらでも思いつく。何と言うか、それが現実なんだと。


そして、あらためて強く思った。



今日、この人に会えて良かったと。

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