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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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慈愛の教主ミクエ

「こちらでお待ちください。」


そう言って通されたのは、ごくごく普通の応接室だった。

調度はそれなりに古式ゆかしいが、これといった文化的な主張もない。

何だか、ちょっと本格的な公共施設みたいな雰囲気だった。

正直、もっとアングラな建物とかを想像していた。最低でも地下とか。

犯罪めいた事を口にしていた以上、そのくらいは当然だろうなと。

拍子抜けとまでは行かないものの、色んな意味で肩の力が少し抜けた。


まあここまで来ている以上、今さら細かい事を気に病むのは愚の骨頂。

乗りかかった船なんだから、むしろ違和感も含めて愉しむべきだろう。

少なくとも、よほどの事がない限り「今」殺される心配などない。



図太くなったもんだな、俺も。


================================


さほど待ち時間は長くなかった。


「お待たせしました。」


その声は、俺をここまで連れて来たエフトポのものではなかった。

落ち着いた女だ。もちろんそれは、エフトポの娘の声とも違っていた。

いや、あいつはあからさまにヤバい雰囲気に満ち満ちていたが。


そんな事を考えている間に、奥側の大きな扉が開かれた。


「教主ミクエ・コールデン様です。…あ、どうぞそのままで。」


「教主」という言葉にあわてて立ち上がろうとした俺を、さっきの声の

主である女が止めた。口調そのものは柔らかいが、抗しがたい威圧感が

込められている。恐らく「動くな」という意味もあるんだろうな。

下手な事はしないに限る。

俺は言われた通り、目だけそちらに向けて相手の姿を確認した。


部屋に入って来たのは、二人の女と俺を案内してきたマイヤール親子。

もっと仰々しくゾロゾロ来るのかと思ったが、たったの四人だった。

…こんなもんなのか。

俺はむしろ、ほんの少し失望した。期待外れとか言うほど、期待しては

いなかったけれど。

俺の表情から何か察したのか、先頭に立っていた少女が小さく笑った。


「がっかりされましたか?」

「いえ…」


やっぱり読まれていたか。我ながらちょっと露骨過ぎたかも知れない。


「規模の大きさを誇るような身ではありません。どうぞご容赦を。」

「とんでもない。失礼しました。」

「教主のミクエ・コールデンです。以後、お見知り置きを。」


正面に歩み寄った少女―ミクエは、そう言って俺にお辞儀をした。

さすがに立ち上がった俺も、彼女に深々と頭を下げる。


「オレグスト・ヘイネマンです。」

「お話は聞いております。ようこそロナモロス教団へ。」


顔を上げた瞬間、目が合った。

予想していたのとはまったく違う、まだあどけなさの残る顔立ちだ。



彼女が、今のロナモロスの頂点か。

色んな意味で、信じがたい話だな。


================================


オトノの街の祭りに参加したのは、単に初めての場所だったからだ。

さすがに、あちこちの街でもう顔を憶えられてきている。法に抵触する

事はしていないが、やはり神託師を騙るという行為に拒否感を示す奴は

どこにでもいる。後ろ指を指されて嫌な思いをするのは、もう定番だ。


すっかり天恵も廃れたこの時代に、何でそこだけ道理を振りかざす?

俺はただ、自分の天恵を知りたいという奴らに教えてやってるだけだ。

嘘も言ってない。法外な金額を請求した事もない。何をそんな責める。


俺を犯罪者だとか背教者だとか形容するなら、そういった言葉が丸ごと

恵神ローナに向く事を忘れるなよ。正論ぶってるつもりなんだろうが、

俺のこの能力は間違いなく天恵だ。つまりローナからの授かりものだ。

それを利用して金儲けする行為は、誰に否定されるいわれもない。

錆びついた教義を振りかざす奴は、いつだって空っぽだ。もうとっくに

時代遅れになっているって事実を、意地でも認めない老いぼれども。


やさぐれた心持ちでいると、やはり客足も遠のく。まあ仕方ないわな。

大した稼ぎもないまま祭りは終わりを迎え、撤収の準備をしていた時。



奴らはやって来た。


================================


ロナモロス教だと?

それも、新生だと?

今さら何ふざけてんだよと思った。このご時世にその名を名乗るとは、

物好きか頭がおかしいかだろう。


だが、奴ら親子の放つ空気は確かにどこか突き抜けていた。ただ単に、

カビの生えた宗教にしがみ付く人間ではない、それだけは確かだった。

と言うかこいつら、明らかに今日に至るまでに後ろ暗い事をしている。

娘の方は、誰かを殺した事を明らかに仄めかしている。嘘じゃないのは

見て判る。ヤバい天恵を持っている事からも、もはや疑いようがない。


何と言うか、愉快な気分になった。

こんな壊れた奴らが来たって事に、久し振りに胸が躍る感覚だった。


そうだよな。

天恵なんてとっくに廃れた腐りかけの時代に、こんな奴がいてもいい。

見方を変えれば俺だって似たようなもんだ。後ろ指を指されるのなら、

いっそそういう生き方を選んだっていいだろう。それこそ俺の勝手だ。


誘われるまま、俺はここに来た。

そしてロナモロスの現教主の前に、こうして座っている。


…何だろうなあ。

どこまでチグハグなんだこの集団。

ヤバいのかと思ったら、頂点に君臨してるのはこんな若い少女なのか。

後ろに控えるマイヤール親子との、ギャップがえらい事になっている。


しかも何だ。

【治癒】だと?


これまた見た目通りの天恵だな。

どこをどう切り取っても、不自然としか言いようのない存在だ。

この少女、いったい何なんだ?


ああ。

面白いじゃないか、本当に。

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