それが幕引きの形なのか
「どうだった?」
「思った通りだったな。」
受話器を戻しながら、俺はネミルの問いに答えた。
予想通りだったせいか、聞いていたポーニーもローナも、驚いた様子は
特に見せなかった。
電話で話した相手は、ロンデルンにいるカチモさんだ。
あれから神託師が消息不明になったという情報が新たに入ってないか、
確認を取ってみた。予想通り、特に何もないよとの事だった。
『…もしかして、何か心当たりでもあったの?』
「いえ。気になっただけです。」
『そう。…まあ、騎士隊から遺体が発見されたって報告が来たからね。
今さらって話かも知れないけれど、くれぐれも用心してね。』
「ありがとうございます。」
さすがに、カチモさんの声もかなり低かった。ショックなんだろうな。
「消息不明」と「殺されていた」とでは、深刻さがまるで異なる。
気休めを言えないのは俺たちも同じだろう。と言うか、「心当たり」と
言われて即答できるほど、今の俺も確信を持っている訳じゃない。
とは言え、聞くべき話は聞けた。
現時点で、新たな消息不明者などは出ていない。前の3人を考えると、
明らかに間が開いている。つまり、「神託師の連続殺人」は3人までで
途絶えている…と言っていい状況だ。これは何を意味するのだろうか。
「「氷の爪」の持ち主に、何かしら心情変化があったんでしょうか。」
「そういうんじゃないだろう。」
「どうしてそう思うの?」
問うたのはローナだった。
「偏見や決めつけはよくないと思うけど、少なくとも殺した奴はかなり
残酷な性格の持ち主よ。人間の命を軽んじてるのは、あたしにも判る。
逆に言えば、気まぐれで連続殺人を終わらせるのもアリじゃない?」
「確かにそうかもな。」
ローナの言う事にも一理ある。
人間の姿を得てまだ間もない割に、その観察眼は相当なものだ。何より
彼女は実際に3人の遺体を見ている身だ。思うところはあるのだろう。
だけど俺には、今回の事件がそんな短絡的なものには思えなかった。
「もし「氷の爪」の目的がただ単に神託師を殺す…ってだけの事なら、
わざわざ隠した理由が分からない。と言うか、一人でそこまでやるのは
かなり大変なんじゃないか?」
「確かにね。簡単に言ってるけど、人ひとり床下に押し込めるってのは
言うほど簡単じゃないよね。」
そう言ったのはネミルだった。
「つまり、共犯者がいたと?」
「多分な。それを考え…」
チリリン!
あわただしい音と共に入口が開き、どやどやと客がやって来た。
話し込んでいた俺たちは、あわてて持ち場に戻る。空気を読んだのか、
ローナも皿洗いに加わっていた。
頭を切り替えよう。
俺たちの仕事は喫茶店なんだから。
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天気も悪かったので、今日はほんの少しだけ早く店を閉めた。
正直、もう少し今の状況についての確認をしておきたかったのもある。
実に中途半端に終わっていたから。
「さっきの続きだけどな。」
言いつつ、俺は三人の顔を見回す。
「ほぼ間違いなく、「氷の爪」には共犯者がいた。…そう考えた場合、
やっぱり動機とか目的が気になる。あと、達成できたかどうかもな。」
「達成?」
ローナがやや眉をひそめた。
「殺す事が目的じゃないからか。」
「少なくとも、俺はそう思う。」
そして多分、間違ってないはずだ。この状況で「ただ殺したかった」
などという話は信じられない。連続殺人はただの「結果」であって、
それをする事が「目的」じゃない。
あらためて考えてみる。
殺されたのは神託師。それも宣告ができない、名ばかり神託師3人だ。
仮に、殺されたのが名ばかり神託師でなかったら、どうなっていたか。
もちろん仮定に過ぎないが、きっとそこで殺人は止まっていたはずだ。
3人が3人とも名ばかりであったという事実が、その証拠ではないか。
とすれば、「氷の爪」と仲間たちの目的は「神託師を探す事」だという
新たな仮定が成り立つ。要するに、三連続でハズレを引いたって事だ。
殺したのは、腹いせかも知れない。
「じゃあ、4人目の犠牲者が出ない理由って…」
ポーニーが言った。
「求めていた神託師に会えたから、って事になりますよね。」
「この仮定で考えれば、そうだ。」
「仮定に仮定が重なるわね。」
「今は仕方ないと思ってくれ。」
ローナにそう答えた俺は、テーブルの上に地図を広げて彼女に言った。
「見に行ったんなら分かるだろう。教えてくれ」
「つまり、殺されてた場所?」
「ああ。」
「こことここ、それとここよ。」
言いつつ迷いなく指し示したのは、カチモさんが行った地点と同じだ。
うろ覚えだったが、確信が持てた。
「それがどうしたの?」
「確かに、失踪順に辿ればこの街に近づいてるんだけどな…」
間隔を考えても、誰かしらが移動をしながら訪ねていったと思われる。
なら、どうしてその凶行は終わるに至ったのだろうか。想像する限り、
やはり目的を果たしたからだろう。
しかし現状、少なくとも新たな失踪の報告は上がっていないらしい。
殺すだけ殺してその結果では、仮定自体が間違っていたと考えられる。
騎士隊もカチモさんも、おそらくはそう考えているだろう。
だが、そこには見落としがある。
正確に言えば、彼らが知らない事実がひとつだけ存在している。
ローナが示す3点を繋いだ先には、確かにこの街がある。
しかしその手前には、もうひとつの街がある。
その名はオトノ。
先日、ロナンと誘い合わせて祭りを見に行ったあの街だ。
もし「氷の爪」の目的が、神託師を探す事ではなく、天恵を見る事が
出来る者を探す事だったとすれば。
祭の日に出会ったあの男の存在が、嫌でも脳裏に蘇ってくる。