その名は恵神ローナ
時は少しだけ戻る。
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「…殺されていた?」
単純なはずの言葉の意味が、ほんの数秒理解できなかった。
湧き上がった疑問の数があまりにも多過ぎて、思考の限度を超えた。
こいつ、話を全部聞いてたのか?
いつの間に出て行ったんだ?
どうやって具体的な場所を知った?
知ったとして、どうやって行った?
そこで何をどう確認したんだ?
どうやってこんな短時間で行った?
どうやってこんな短時間で戻った?
「どうやって…」
「心臓近くを走る血管を凍らせて。たぶん「氷の爪」を使ったと…」
「いやそうじゃない。」
そこまで具体的な話を聞きたいとは言ってない。もっと手前でいい。
「どうやって知ったんだよ。」
「もちろん見に行って。3人とも、家の床下に押し込まれてました。」
「だからぁ!!」
思わず声を荒げる俺のすぐ傍らで、ネミルが真っ青になっていた。
ようやく普通に話すようになったと思ったら、話す内容がかなり酷い。
こっちの疑問への答えが、いちいち重過ぎる。
しかも口にする内容に、疑問を抱く余地のない異様な説得力がある。
さすがにここまで来れば、この子が見た目通りの人間でない事だけは
確信が持てる。例えるならポーニーのような…
だったらもう、根幹の部分に関する疑問をぶつけるしかなかった。
「お前、いったい何なんだ?」
「知ってるはずでしょう?」
「…………………………」
その即答に、俺は黙ってしまった。
次に口にすべき、言葉を見失った。
意味が分からないから、ではない。いや、むしろその逆だった。
理解も納得もできるからこそ、すぐ言葉を返せなかった。
そうだ。確かに俺たちは知ってる。遅かれ早かれなのも分かっていた。
ネクロスの少女が店に来た、あの日のあの瞬間から。
ポーニーを介して、とっくに聞いていたはずの事だった。そうだった。
『またね!!』
彼女は確かに、そう言った。
しばしの沈黙ののち。
「分かってくれました?」
「ああ…いや、はい。」
無意識に言い直した自分が滑稽だ。余りにも今さらって感じだから。
それでも俺は、奇妙なほど落ち着きを取り戻していた。ふと見れば、
察したらしいネミルも同じだった。…ああ、そうこなくっちゃな。
「ローナ様、ですか。」
「そのとおり。」
ネミルの問いに答えた眼鏡の少女―恵神ローナの顔に、笑みが浮かぶ。
「初めましてってのはさすがに変か。色んな意味でね。」
「でしょうね。」
答える俺は、笑いを堪えていた。
確かに、今さら何だって感じだな。ずっと前に話をしてたし、そもそも
今日に至るまでに散々ここで皿洗いなんかをやってたんだから。
「ま、そういう事。よろしくね。」
両手を広げるローナの言葉に、神の威厳などは全く感じなかった。
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つくづく思う。
俺もネミルも、常軌を逸した状況に対する適応が速くなったなと。
今なんか、まさにその典型だろう。目の前に恵神ローナがいるんだぞ。
驚くとかうろたえるとかいった段階をすっ飛ばし、逆に清々している。
…と言うより、今はもっと深刻かつ急を要する問題に直面してるんだ。
目の前の少女がローナだという事実は、むしろありがたいとさえ思う。
何たって神だ。何でもアリだろう。
「ところでローナ様。」
「〝様〝はいらない。」
「は?」
「このひと月ずっと普通に話してたでしょ?そのままでいいからさ。」
「ああ…そう…か。」
カミングアウトした途端、ローナは丁寧な話し方をやめていた。
だからこっちもそうしろって事か。
よし。
面倒臭いから、さっさと割り切れ。
「じゃあローナ…でいいんだな?」
「もちろん。」
「ええー…いいんだ。」
さすがに、ネミルは呆れ顔だった。そりゃそうだろうな。罰当たりにも
限度があるって話だろうから。でも本人が言うんだから遠慮は無用だ。
それより、さっさと本題に戻ろう。
「で、3人の神託師が殺されてるというのは本当なんだな。」
「嘘つくのは趣味じゃないよ。」
「最初から知ってたのか?」
「いやいや、とんでもない。」
驚いたようにローナは手を振った。
「あたしは、そこまで世界の全てを見通してるわけじゃないんだよ。」
「そうなんですか?」
「ネミルちゃん話し方。」
「あ…そうなんだ?」
「そうなのよ。」
言いつつ、ローナはカウンター席に腰を下ろす。
「ポーニーを参考にして、あたしはこの肉体を組み上げる事が出来た。
この状態でないと、あたしは人間を認識出来ないし話す事も出来ない。
その一方で、この姿になってる間は人間の感覚器しか使えないのよ。」
「極端な仕様ですね。」
「話し方。」
「仕様だねー。」
意外と話し方にこだわるんだな。
まあ、歳上にしか見えないネミルが敬語を使う様は不自然だからか。
…しかし、確かに極端な仕様だな。
「それじゃあ、その……何だっけ。氷の…」
「氷の爪?」
「そうそれ。その天恵の持ち主が、誰なのかとかは判らないのか。」
「残念ながらね。とは言え、本人と向き合えばさすがに判るけど。」
「そうか…。」
つまり、指輪をはめたネミルと同じようなものって事なんだな。
神にしては制約が多いらしい。
「さっきのカチモさんの話聞いて、地図も盗み見た。で、その近くまで
行って住所とかは現地で調べたの。割とすぐ判ったけどね。」
「そりゃ現地の神託師だからな。」
この街の住人も、ルトガー爺ちゃんがここに住んでる事は皆知っていた。
神託師ってそういうもんだろう。
「家まで行けば、さすがにどういう状態なのかは感覚で察知できたよ。
「氷の爪」の残滓も感じ取れた。」
「つまり、同じ奴の仕業なのか。」
「そうみたいね。」
「…………………………」
俺もネミルも黙り込んでしまった。
カチモさんが教えてくれた情報が、あまりに呆気なく具体的になった。
しかも大事件だ。類が及ぶかどうか以前に、早く誰かに伝えないと。
だけど、誰にどう言えばいいんだ。余りにも状況が特殊過ぎる。
…………………………
「ただいま帰りましたー!」
ポーニーが帰宅したのは、それからすぐの事だった。