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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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残酷な現実そして

「それじゃあ、私はこれで。」

「わざわざお越し頂き、ありがとうございました。」


食事とお茶と話を終え、カチモさんはゆっくりと席を立った。


「何だか、怖がらせに来たみたいな感じになっちゃいましたけどね。」

「いえ…ありがたい限りです。」

「ここしばらく、神託師が失踪した報告はありません。もしかしたら、

もうそれほど心配しなくていいかも知れない。確かな事は何も言えない

状況ですが、用心だけは忘れないで下さい。トランさんもね。」

「了解です!」

「何かしら動向が掴めたら、今度は電話で連絡しますので。こちらでも

何かあったら連絡下さい。あたしは平日は間違いなく出てますから。」

「ありがとうございます。」


見送るネミルは少し涙ぐんでいた。その気持ちはよく分かった。


この人もまた、未熟だった俺たちを前に進ませてくれた恩人の一人だ。

右も左も分からないネミルに対し、神託師の何たるかを教えてくれた。

もちろん、それがこの人の仕事だ。それでもこうして、俺たちを案じて

遠路はるばる来てくれたのである。


だからこそ警告は肝銘する。

そして何より。



もしこれが本当に危険な事態なら、これ以上深入りさせてはいけない。


=================================


カチモさんを入口に立って見送った俺たちは、顔を見合わせて頷いた。


「とりあえず今日はもう閉めよう。どうせこんな天気なんだし。」

「そうだね。」


頷いたネミルが、入口に置いてある花の鉢を手早くまとめて片付けた。

別に、話にビビって籠城しようとか考えている訳じゃない。とは言え、

今日はもう商売をする気になれないのも事実だった。

カチモさんの話はもちろん重要だ。消息を絶ったのが名ばかり神託師と

いう事実は、正直かなり重い。俺もネミルもそれは十分分かっている。


だけど今、目の前にある懸念事項はそれではない。

忽然と姿を消してしまったあの子。その存在がどうにも気にかかる。

今日聞いた話の時期から考えると、無関係だとも言い切れない。

それより何より、いつの間にどこへ行ったのだろうか。

とりあえず、今日はもう閉めて…


「あれ、もうお終いですか?」


その声に、聞き覚えがあり過ぎた。



反射的に振り返った先にいたのは、紛れもないあの子だった。


================================


「…戻って来たのか。」

「ええ。今日の分のお手伝いがまだ終わってないから…」


そう言いながら店に入って来る様子に、いつもと違う気配は感じない。

それでも俺は、さりげなくネミルを背に庇った。

「まさか」という希望的な考えで、取り返しのつかない事態を招くのは

どうしても避けたかった。


今この瞬間、少なくともこいつには「影」は見えない。俺に対しては、

悪意を持ってないって事だ。しかし安心はできない。悪意がなくとも、

機械的に事を成す人間だっている。そんなサイコパスを相手にしては、

俺の「魔王」は威力を発揮しない。


天恵を持ってないのは確認済みだ。腕力で勝てるかどうかは全く不明。

俺自身、あまり喧嘩に自信はない。見た目では勝てそうだけど…


「どうかしました?」

「いや…」


間が持たない。

こんな時、ポーニーがいてくれれば何とか場を動かせるんだが。

それでも、こんな状況をダラダラと続けていては心が削れるばかりだ。

意を決し、俺は口調をあらためた。


「なあ。」

「はい?」

「どこ行ってたんだ?…と言うか、店を出たのも気付かなかったが。」

「…………………………」


沈黙の数秒が、数時間に思えた。

そして。


「確認しに行ってたんですよ。」

「確認?…何の。」

「話に挙がった3人の、です。」

「え?」


そこでネミルが顔を強張らせる。

話に挙がった3人って、まさか…


「それって、消息不明になっている神託師の事か?」

「ええ。」


当然のように頷いた彼女は、淡々と天気を告げるように言った。



「全員、殺されてました。」


================================

================================


「ただい…」


誰もいない家でも、帰宅時に挨拶をする。

騎士になる前から、ずっとそういう習慣を維持してきた。それこそ、

まだ学生だった頃から。

だけど今日は、その言葉を最後まで言えなかった。

誰もいないはずの家の中に、誰かの気配を確かに感じたから。


誰だ。

よりにもよってこのあたしの部屋に侵入するなんて、いったい誰が…


「おかえりですか、リマスさん?」

「え?」

「すみません、お邪魔してます。」


ちょっ、ちょっと待って。

まさか…?


灯りを点けた室内にいたのは、声の主の少女だった。一人掛けの椅子に

ちょこんと座りこちらを見ている、赤毛の三つ編み少女。


「…ポーニーさん?」

「どうも、こんばんは。」

「こんばんは…」


警戒心が丸ごと霧散してしまった。

侵入者が彼女なら、何もかも納得が出来てしまった。とは言っても、

もちろん何しに来たのかはまだ全く分からない。ただ単に、どうやって

ここに来たかが分かっただけだ。


「すみません。本をお持ちだろうと思って探ったら、案の定ここに全巻

揃ってましたので…」

「ですよね。」


彼女はエイラン・ドールの著書さえあれば、どこへでも移動できる。

あたしが愛読者だと知ってるから、それを辿ってここに来たんだろう。

さすがにちょっと呆れはしたけど、来訪は素直に嬉しかった。


「それで、今日はまたどうして?」

「お力を貸して頂きたくて。」

「あたしの?」

「はい。」


何だろうか。

安請け合いは出来ないけれど、多分それを承知の上で来たのだろう。

なら、聞かないわけにはいかない。


「神託師の失踪が相次いでいるって話、ご存知でしょうか。」

「一応、聞いてはいますけど?」


聞いてはいるけど、完全に管轄外の案件だ。詳しくは知らない。


「確か3人でしたよね。」

「はい。」

「それが何か?」

「3人とも殺されて、それぞれの家の床下に押し込められています。」

「…は?」

「何とかして発見してもらいたい。あたしはそれを伝えに来ました。」

「ええと…」


いきなり話がぶっ飛んだ。

ホージー・ポーニーが口にすると、恐ろしく違和感のある内容だった。

だけど少なくとも、嘘や冗談なんかではない。それは表情で判る。



あまりにも予想外の事態だった。

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