カチモの凶報
ネミルが神託師になってから今日に至るまで、色々な事があった。
難局も乗り越えてきた。そんな中で俺は、相手の言った言葉を理解する
スピードが明らかに速くなった。
そんなわけで、カチモさんがトイレから戻る前に彼女の話を整理する。
彼女がネミルの指輪の事について、具体的に知ったのは来店の後だ。
俺とネミルが説明するまで、想像もしていなかったという感じだった。
つまり彼女は、ネミルは名ばかりの世襲神託師だと思っている状態で、
この店に来たって事になる。なら、手続き上の確認をしに来たのか。
違う。登録をした時も、そんな規約は聞いていなかった。って言うか、
名ばかり神託師にそこまで定期的な確認をする意味はあまりない。
そうすると、やはりイレギュラーな何かが起こって急遽訪ねて来た…と
いう仮定が思い浮かぶ。おそらく、あまりよくない出来事が。
「無事が確認できた」なんて形容は実にキナ臭い。あるいは今日に至る
どこかのタイミングで、何かしらの「無事では済まなくなる出来事」が
起こり得たって事なのか。しかも、わざわざ担当者が片道6時間かかる
こんな田舎まで来るほど深刻な事態なのか。
ダメだ。
考えれば考えるほど、マイナス面の想定ばかりが浮かんでくる。結局、
変に悲観的になる癖は治ってない。
とりあえず、ちゃんと話を聞こう。
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「お待たせしました。」
戻って来たカチモさんに、特に深刻そうな雰囲気などはなかった。
「で、本題なんですが。」
「はい。」
「…あ、あの方は大丈夫ですか?」
「え?…ああ、まあ大丈夫ですよ。日雇いバイト的な感じなので。」
「え、あんなに若いのに?」
「ええまあ…はい…」
しまった墓穴を掘った。あまりにもあの子が当たり前になり過ぎてて、
若過ぎるという当然の事実が頭からすっぽ抜けていた。これはもしや…
「まあ別にいいです。怪しい人とかでないなら。」
「え、いいんですか?」
「別に私、そういう仕事をしている訳ではありませんからね。」
「はあ…」
ネミルが気の抜けた声を上げた。
俺も危うく上げそうになった。
割と大らかなんだよな、この人。
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「実はですね。」
そこでカチモさんは声をひそめた。
「ここふた月の間に、国のあちこちで神託師が行方不明になる事件が
発生しているんです。公表は控えていますが、現時点で既に3件。」
「えっ」
さらっと告げられたその話に、俺もネミルも驚きを禁じ得なかった。
まさかそこまでストレートに深刻な報せとは…
「もちろん、我々も絶えず神託師と連絡を取っているわけではない。
それは分かっていると思いますが、今回は明らかに異常事態です。」
「つまり、事件性もあると?」
「神託師という事を抜きにしても、十分事件と言っていいでしょう。」
淡々としていながらも、カチモさんの口調は険しかった。
「で、消息を絶った3人の居住地がこれになります。」
そう言って取り出したのは、国全体を描いた地図だった。大雑把ながら
各都市の位置関係が分かる。そこに小さな赤い丸が付けられていた。
「最終的な在所の確認が取れた日時から、いなくなった日を算出すると
ここ、ここ、そしてここという順番になります。」
「…なるほど。」
かなり距離はあるものの、順番通りとすれば確実に近づいてきている。
他でもない、この街に。
「で、次はここだと?」
「そういう予想です。」
「ですけど、方角はともかく距離はまだかなりありますよね。」
3つ目の丸を見たネミルが、そんな所見を述べた。
「この間にある街に、神託師はもういないって事ですか?」
「やっぱりそう思いますよね。」
意味ありげに頷いたカチモさんの目が、ネミルに向けられる。
「確かに、この間の街にも神託師の居住地はあります。最低でも2つ。
一応、そっちも警告が行ってます。だけど…」
「だけど?」
「過去の3人を鑑みると、危ないと思われるのはあなたなんですよ。」
「え、どうして?」
「それは…」
「3人とも名ばかり神託師だった、って事ですか。」
とっさに口をついた言葉だった。
それに対し、カチモさんは苦笑いを浮かべてもう一度頷く。
「…身も蓋もない形容ですが、まあそういう事です。失踪した3人は、
いずれも天恵宣告ができないと認識されている人たちでした。」
「やっぱりか…」
何となく、ここまでの話の流れからそういう想定は出来ていた。
だからカチモさんは、わざわざ自分が登録を担当したネミルの在所まで
足を運んだって事なんだろう。
「それってつまり、神託師としての能力がないから行方不明になった…
という事なんでしょうか?」
「断定するのは早いと思いますが、何しろ同じ条件で3人ですから。」
「…………………………」
しばし、返す言葉に迷った。
天恵が見られないから行方不明…というのは、何とも不気味な話だ。
誰かが何かの意図を持ってしている事だとすれば、かなりおっかない。
しかし実際のところ、当のネミルはちゃんと天恵の宣告が出来る。
どうにも判断しかねる話だった。
「ここしばらくの間に、何か不審な人物などは見かけませんでした?」
「ううん…客商売ですからねえ…」
一見の客も多い仕事だから、馴染みのない顔などいくらでもいる。
不審な人物と言われても…
いや、心当たりはなくもない。
そういう前提で考えれば、あの子はどこから見ても…
「あれ?」
顔を上げた俺は、思わず頓狂な声を上げてしまった。
いない。
あいつどこ行った?…って言うか、いつの間にいなくなったんだ?
いくら話し込んでいたといっても、さすがに入口が開いたら気付く。
何だ、どういう事だ?
まさか…