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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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拓かれる未来それぞれ

「それは…」


何をどう言えばいいか分からない。

やっぱり、俺たちは本質的な意味で想像が足りていなかったんだろう。

少し考えれば思い当たったであろう想定が、見事にすっぽ抜けていた。


ルトガー爺ちゃんが、かつて神託師として天恵を授けた人物。

正直、思いもよらなかった。


「試すような事をして申し訳ない。謝罪します。」

「い、いえ。」

「それは別に…」


俺もネミルもしどろもどろだった。何と言うか、頭の中が渋滞してる。

今のやり取りの中に、大事な要素があまりにも多過ぎたからだ。


爺ちゃんは生前、名前だけではなく実際に神託師の仕事をしていた。

目の前にいる人は、その爺ちゃんが天恵を宣告した人だった。

そしてやはり、指輪は「他人の天恵を見る」事が出来る代物だった。

ここに至り、トーリヌスさんがその答え合わせをしてくれた。つまり、

俺の「魔王」も本物って事になる。


あらためて思う。



何てこった。


================================


「今さらですが、私は建築の会社を経営しています。」


何とか俺たち二人が落ち着いたのを確かめ、トーリヌスさんが語る。


「自分で言うのも何ですが、かなり先進的だと思っています。おそらく

天恵を得た事で、異界の知に至ったのでしょう。これもルトガーさんの

おかげなんですよ。」

「へえー…それは…」


何と言えばいいか分からなかった。ってか、俺たちの見識を超えてる。

今までピンと来ていなかったけど、やっぱり天恵は人生を変えるのか。

ネミルも複雑そうな表情を浮かべていた。まあ、そりゃそうだろうな。

己の今後に直結する話なんだから。


「お代わり頂けますか?」

「あっ、はいただいま!」


カップを手にしたトーリヌスさんの言葉に、俺はあわてて立ち上がる。

隣テーブルのノダさんとまとめて、手早く紅茶のお代わりを淹れた。


おいおい、ボーッとし過ぎだぞ俺。


「ところでトラン君。」

「はい?」

「お話によると、この家を喫茶店に改装するつもりなんですよね?」

「ええ、まあ少しずつになるだろうと思ってますけど。」

「よければ、私の会社でお手伝いをさせてもらえませんか?」


…は?


================================


「ど、どどういう意味ですか?」


どもりながら質問したのは、俺ではなくネミルだった。


「大恩あるルトガーさんに対して、私はほとんど恩返しできなかった。

しかし今、その遺志を継ぐ方の前にいるのはひとつの縁だと思います。

なので、今の私にできる事をさせてもらいたい…と考えた次第です。」

「それって、つまり…」

「改築やリフォームなどを、当方で請け負うという話ですよ。」

「ええっ!?」


声が裏返っていた。


「で、でもあたしたち、今はお金が全然なくて…!」

「ルトガーさんへの恩返しも兼ねての申し出です。もちろん費用は、

この私が持ちます。具体的なご要望さえ伺えば、後はお任せ頂いて…」


「ちょっと待って下さい。」


そこで初めて、俺は口を挟んだ。


「そこまでしてもらう理由はない。結構です。」


================================


短いけど、沈黙は鋭かった。

ノダさんは、姿勢を正したまま目をこちらに向けていた。


俺は、トーリヌスさんの顔をじっと見据えて続ける。


「あなたと爺ちゃんの関係は確かに分かります。恩があるというのも。

…もしかしたら、あなたからすればわずかな出費なのかも知れません。

でも、俺たちにとってはこれからを決める大きな決断でもあるんです。

なおさら、恵んでもらうような事はできません。足りていないとしても

自分で作り上げたいんですよ。」

「………………」


ネミルは、口を挟まなかった。その思いが嬉しかった。

俺が目指すものを、こいつも確かに目指してくれている。そんな確信が

俺の言葉に力を与えていた。


そして。


「…トラン君。」

「何でしょうか。」

「なかなか気骨のある人間ですね。ルトガーさんが見込んだだけある。

いや、失礼しました。」

「…………………」


怒っている口調ではない。むしろ、その顔はそれまでより嬉しそうだ。

俺には、己の言った事に対する悔いなどは一切なかった。


「ですが、「恵む」という表現には少々物申したいですね。」

「…違うんですか?」

「ええ、まったく違いますよ。」


諭すような口調ながら、トーリヌスさんの声は力強かった。


「確かに恩返しという思いはある。それは否定しません。だけどね。」

「………」

「私とて実業家です。提供するだけというのがいかに愚かしい行為か、

そのくらいは理解しています。何も生み出さない人たちの虚しさも。」

「じゃあ、どうして俺たちに?」

「それはもう、今さら言うまでもないでしょう!」


そこでトーリヌスさんは、手を広げ大きな笑みを浮かべた。


「ネミルさんは名前だけではなく、きちんと神託師の力を持っている。

そしてトラン君、君の淹れてくれた紅茶は掛け値なしに美味しかった。

ルトガー・ステイニーさんの遺志を継ぐ方々が、未来を見たいと思うに

十分なものを既に持ってるんです。なら私は、かつてステイニーさんが

くれた可能性を活かして支えたい。これは間違いなく私の望みです。」


================================


俺は、しばらく考えていた。

トーリヌスさんの言葉の意味を。

自分がどうすべきかを。


決めるのは俺だ。ネミルじゃない。いや、ネミルは俺に託すだろう。

俺を見つめる顔がそう言っている。


だけど、それほど迷いはなかった。

都合が良過ぎる話だ、とも言える。それでいいのかという思いも残る。


でも、無駄な意地は張るだけ損だ。それより俺は前に進みたい。

自分を支えてくれる人への、最大の恩返し。それは立派になる事だ。

俺たちを信じる人の、期待を超えて何かを成し遂げる。

トーリヌスさんは、それを俺たちに望んでいる。

だったら、答えはひとつだった。


「…よろしくお願いします。」

「こちらこそ。」


パァン!!


いきなり響いた手拍子に、俺たちはビクッと肩をすくめた。見れば、

手を叩いたらしいノダさんが真っ赤になっていた。


「あっ、…しっ、失礼しました!!ついテンション上がって…!!」


そこでネミルが吹き出した。

俺も笑いが堪えらえなかった。

もちろんトーリヌスさんも同じ。

ノダさんはうろたえていた。


主を喪ったこの家の庭に、笑い声が重なって響く。

きっと爺ちゃんも笑ってるだろう。



いつの間にか、夕方が近かった。


挿絵(By みてみん)

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