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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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自給自足の常連客

学生の日常は慌ただしい。

アグレッシブな性格の子であれば、その傾向は殊更に強い。


越してきてしばらくは毎日のように店に来ていたロナンが、週に一度の

来店ペースに落ち着いた。どうやら何かしらの同好会に入ったらしく、

大いに学生としての日々を満喫しているらしい。…勉強はどうなんだ?

何はともあれ、悪い傾向じゃない。同年代の友だちとの交流は財産だ。

それに正直…


「ちょっと気疲れするんだよね。」

「まあな。」

「ですよね。」


実感のこもるネミルの言葉に、俺もポーニーも実感を込めて頷く。


話題に上る機会は多くないものの、やはり彼女は兄のシュリオさんの

詳しい近況を知らない。とりあえず採用までこぎつけた…という程度の

認識しか持ってないらしい。たぶん母親のセルバスさんも同じだろう。

実際のシュリオさんは、女王陛下の直属という重職だ。あの事件の事を

思い返せば、荒事を任される機会もかなり多いと想像できる。


家族に言えないというのは当たり前だろうし、言えば問題が起こる。

こんな状況で毎日顔を合わせると、俺たちの誰かがポロッと余計な事を

言ってしまいそうで怖い。大丈夫だと言い切れる自信もない。


だからこそ、この状況は逆にかなりありがたい。



週に一度くらいがちょうどいい。


================================


ここしばらく、平穏な日々が続いている。天恵の宣告の依頼もないし、

それでネミルが苛立つ気配もない。さすがに色々厄介事があったから、

本人もそれでいいと思うんだろう。やっぱり平穏が一番だ。


そんな平穏な店内に、最近になってひとつの異分子が加わっていた。


窓際のいちばん奥の席に、ポツンと座っている少女である。

見た目はネミルより若い。おそらくポーニーと同じくらいなんだろう。

黒いソバージュヘアに大きな眼鏡。外国人かと思ったらそうでもない。

流暢に話せるし、訛りも特にない。服装もいたって地味だ。


年齢はおそらく15歳未満。実は、ネミルが指輪を使い確認している。

天恵は見えなかったらしい。つまりまだ15歳になってないって事だ。

ネクロスという可能性もあるけど、さすがにあまり考えられない。


初めてここに来た時は、迷子か家出かと思った。しかしそんな素振りは

見せなかったし、騒ぐ様子もない。淡々と紅茶とお菓子を注文した。


「お金が無いんです。」


ずいぶん長時間粘るなと思ったら、案の定そんな事を言い出した。

まあ仕方ない。今回限りという事で帰らせようとしたところ、先んじて

提案をしてきた。


「なので、食べた分手伝いをさせて下さい。皿洗いとかお掃除とか。」

「いや…それは…」


何と言うか、食い逃げよりも対処に困る申し出だ。一度でも了承すると

ズルズル続きそうな気がするから。…そもそもこれ、何のかんの理由を

つけて居座る魂胆じゃないのか?


「済んだら帰りますから。」

「…そうか。ならいいか。」


俺もネミルもポーニーも、どういうわけかそこで納得してしまった。

巧みな交渉術…ってほどのもんでもなかったのに、話の流れでまんまと

言質を取られてしまった。

食べた分の皿洗いをしたその子は、礼を言って帰っていった。


そして、翌日も昼前から来た。

やっぱり現金を持たず飲み食いし、その分を働いて払うと言い出した。

忙しかったのとポーニーがいない日だった事もあって、また了承した。

結局、彼女は閉店時間まで窓際の席に居座っていた。


二日連続で事例を作ったとなると、もはや断る理由が捻り出せない。

そのままずぶずぶと毎日、飲み食い代金を日雇い労働で徴収するという

サイクルを繰り返す事になった。


何やってんだろうなあ、俺たち。


================================


相変わらず少女は名乗りもしない。自分の事も特に語りたがらない。

しかし俺たちはもう、そのあたりを詮索する気も起きなかった。


見た感じ、服も汚れていない。顔や体に傷ができる…なんて事もない。

店を出てからどこへ帰るのかは全く分からないけど、少なくとも野宿を

しているとは考えにくい。おそらく帰る家はちゃんとあるんだろう。

もはや、来ないと逆に不安になる。


それに彼女は、喫茶店の客としては非常にわきまえた態度を取る。

無闇に声を上げる事はなく、店内をウロウロと歩き回ったりもしない。

よく退屈しないなと感心するほど、黙って窓の外を見ている事が多い。

たまに手元をじっと凝視している。正直、何かの修行かとさえ思う。

そして店が混んで来た時は、黙って出て行く配慮も見せる。もちろん、

後で戻ってきてちゃんと食べた分の仕事はこなしていく。


いつの間にか、俺たちは彼女という存在にすっかり慣れていた。

名前も知らない少女を、店の一部として認識していた。

まあいいじゃないか。

そんな風に思えるくらいには、店の経営に慣れてきたって事だろう。


そんな日々が、ひと月ほど続いた。

これからも続くだろうと思っていたその日。

意外な客がやって来た。



その来店が、平穏の終わりだった。

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