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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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揺れる針の先に

フェアじゃないという自覚はある。

相手の事情をある程度知った上で、自分の存在を消すという選択は。

オレグストという人間を信用しないという、何よりの証拠になり得る。


どうしてそんな事をしたのか。

「魔王」の天恵を知られたくない、という用心のためなのだろうか。


確かにそれはあるだろう。と言うか理由の大半は、きっとそれだ。

けど、別に俺は誰に対しても自分の天恵を隠し通したいわけじゃない。

事実、既に俺の天恵がどんなものか知っている人は、それなりにいる。

信用しているからこそ、俺は迷わず彼らに「魔王」の事を話した。


しかしオレグストは根本的に事情が違う。名乗る前から天恵の名前を

知られていたのだ。正直、そういうプライバシー侵害は好きじゃない。

ましてや、俺の天恵は他と比べても明らかに異質な代物だ。軽々しく、

あちこちに言いふらされると困る。


「だから口止めの代わりに、記憶を消すように仕向けたの?」

「…それだけじゃないな。」


ネミルの問いに答えた俺の心には、新たな確信が芽生えていた。



そう、それだけじゃないんだ。


================================


俺は、あの男をほとんど知らない。会ったばかりなんだから当然だ。

だけど少なくとも、シュリオさんのお母さんが言う「ペテン師」という

表現が相応しくない事は分かった。あの男の告げる天恵は真実であり、

告げたところで覚醒しない、という前置きもきちんとしているらしい。


要するに、シュリオさんはあまりに思い込みが激し過ぎたのである。

あんな風になってしまうのは、多分オレグストにも想定外だったろう。

言っちゃ何だけど、あれに関してはシュリオさんの気質に問題がある。


もし神託師の特殊登録課に行けば、特例認可がもらえるかも知れない。

査定には時間がかかるだろうけど、少なくとも「違法な能力」とまでは

言われないはずだ。あの課は意外とユルいし、それなりに融通も利く。

後ろめたい小遣い稼ぎが、きちんとした仕事になる可能性だってある。


個人的には、名ばかり世襲の神託師よりよほど有意義…とさえ思える。


「まあ、確かにそうだよね。」


そこは、ネミルも異論はなかった。


「指輪に頼ってるあたしにあれこれ言う資格はないけれど、少なくとも

まっとうな天恵なのは間違いないんだから。」

「イレギュラーではあるけどな。」


そもそも天恵は、恵神ローナからの授かりものだ。良い悪いの判断など

簡単にできないし、よっぽど悪質でない限り否定すべきものじゃない。

他人の天恵が見える天恵。悪いとは決して思わない。


だけど、あの男は「魔王」の影響を受けた。

つまりこの俺に対し、明確な悪意を持っていたという事になる。いや、

おそらく俺とネミルの両方に、だ。


語った過去はおそらく事実だったのだろう。嘘を言う意味がない。

どうしてもルトガー爺ちゃんと比較してしまうけど、彼の祖母の最期は

確かに悲劇だ。恨みの念を抱いても仕方のない記憶なのだと思う。

だからと言って、その恨みと俺たち二人はさすがに結びつかない。

オレグストが俺に抱いた悪意というのは、何となくって程度だろう。

それでちょっかいを出してくるとは思わない。さすがにそんな考えは、

自意識過剰としか言いようがない。そこまで狭量な男だとも思わない。


「だけど…」

「だけど?」

「あいつは今、過去に揺れている。少なくとも俺にはそう見えた。」

「過去…」


そうだ。

祖母の事も得た天恵も、オレグストにとっては「過去」の象徴だろう。

中途半端な小遣い稼ぎをする姿は、未来を見据えているとは言い難い。

今のあいつは、宙ぶらりんだ。


「もしも誰かが、強い力であいつの手を引いたり背を押したりしたら。

その時のあいつは、もう止まれない気がするんだよ。」

「それって、悪い意味で?」

「どっちかと言うと、そうだな。」

「…………………………」


やはりネミルは、異論の言葉を口にしようとはしなかった。

俺の言いたい事を漠然と、それでもしっかりと受け取った結果だろう。


俺はようやく、このモヤモヤとした気持ちが予感の類だと気付いた。

考えるのではなく感覚で、あの男の「未来」に悪い気配を見たんだ。

今じゃなく、この先に。だからこそあの小さな悪意に対し、形容し難い

警戒感を抱いた。


「考え過ぎだろうけどな。」

「そうであって欲しいね。」

「ああ。」


確かに、そうであって欲しい。

少なくともあの男には、悪い未来を歩んでもらいたくない。


「…そっち行っていい?」

「むしろ頼むよ。」

「うん。」


同じ不安を共有しているという事実が、かえって小さな安心をくれる。



すっかり夜は更けていた。


================================

================================


人通りも絶えた、オトノの街角で。


「意外と稼げなかったな。田舎街のフェスなんてこんなもんか。」


オレグスト・ヘイネマンは、そんな言葉を漏らしながら出店の片付けを

していた。と言っても折り畳み式の机と椅子、それと多少の荷物のみ。

さほど手間のかかる作業でもない。


「さあて、んじゃ久々にロンデルンにでも…」


と、その刹那。


「あ、もう看板ですか?」

「は?ああ、まあいいですよ。」


向き直ったそこに佇んでいたのは、男女の二人連れだった。おそらく、

親子なのだろう。恰幅の良い男性の傍らには、長身の若い金髪女性。

…いや、親子とも限らないか。


「どちらを見ましょうか。」

「では娘をお願いします。」

「はいはい。えーと、椅子を…」

「いえいえ、お手数ですからもう、このままで結構ですよ。」

「助かります。」


やっぱり親子だったか。あまり似てないな。似てなくて良かったな。


いささか無礼な事を考えながらも、オレグストは目の前に立った金髪の

女性に意識を集中した。ほどなく、視界の上方に文字が浮かび上がる。

もちろん自分にしか見えない、相手の天恵だ。


「あなたの天恵は…」


…ん?

何だこれ。

どういうものなんだ?


まあ、別にいいか。

告げたところで、どうなるわけでもないんだから。


「【氷の爪】らしいですね。」

「…………………………」

「すみません。具体的な内容とかは分からないんで、何なら神託師に」

「いえいえ、大丈夫ですよ。」

「は?」


その瞬間。

女性は、ニイッと酷薄な笑みを顔に浮かべた。


「あってますからねェ。」

「何が…うおッ!?」


パキパキパキッ!!


差し伸べられた女性の長い人差し指が、オレグストの肩に軽く触れる。

それと同時に、革製の肩当ての表面が音を立てて一気に氷結した。


パキィン!


数秒で完全に凍りついた肩当てが、甲高い音を立てて砕け散った。

顔に当たったいくつかの破片から、形容し難い冷気が伝わる。


「なっ…」

「驚かせて申し訳ありません。」


恐怖に顔を引きつらせるオレグストに、父親の方が慇懃に詫びた。


「本当に天恵を見る事が出来るか、見定めさせて頂いた次第です。」

「…つまり、もう既に天恵の宣告を受けていた、と?」

「ゴメンなさいねェ。」


芝居がかった仕草で両手を合わせ、金髪女は父親の脇に下がった。


しばしの沈黙ののち。


「で?」


砕けた肩当ての破片に視線を向け、オレグストは二人に問いかける。


「俺にどんな用ですか。」

「結論から先に言いますと、あなたに仲間になって頂きたいのです。」

「仲間?」

「そう。」


父親に代わって、金髪女が答える。


「偉そうに神託師を名乗りながら、何も出来ない連中を見てきたのよ。

詠唱も出来なければ、ネラン石さえ持っていない。ホントに名前だけ。

存在そのものが許せなかった。」


言いながら立てた人差し指を、白い霜が覆った。微かに気温が下がる。


「だけど、あなたは違う。神託師の資格なんかなくても、身ひとつで

天恵を見る事が出来る。その力を、あたしたちと一緒に活かそうよ。

悪くない話でしょ?」

「…………………………」


しばし、オレグストは黙っていた。

その顔に、もはや恐怖の色は微塵も残っていなかった。

ただ、彼はじっと考えていた。


やがて。


「後ろ暗い事もやるのか?」

「それが何を意味するかによって、答えは少し変わってくるけど。」


そう言いながら、金髪女はもう一度顔が裂けたような笑みを浮かべた。


「やるよ。って言うかもう、何人かやっちゃってるからさ。」

「面白いな。」


そう言って、オレグストも笑った。


「正直なのは嫌いじゃない。」

「んじゃあ、来る?」

「ああ。」

「では、決まりですね。」


父親がそう言いつつ、オレグストに笑いかける。


「私はエフトポ・マイヤール。で、こちらは娘のゲイズです。」

「オレグスト・ヘイネマンだ。」

「歓迎しますよ、オレグスト君。」


オレグストと握手を交わしながら、父親―エフトポが愛想良く告げた。



「ようこそ、新生ロナモロスへ。」

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