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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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オレグストの記憶

「仕事してる姿はたまにしか見た事ないけど、いい婆ちゃんでしたよ。

少なくとも、俺にとってはね。」


過去を語っている顔だと思った。

何気ない口調には、重大な話をするという気構えも特に感じられない。

おそらく、機会を得たというだけの語りなんだろうと思わせた。

ただ…


「俺の住んでた街では、それなりに天恵を聞きに来る人間はいました。

とは言え、神託師である婆ちゃんは腫れもの扱いだった。本人は、別に

それでいいと思ってましたがね。」

「じゃあ、今は?」

「もう死にましたよ。とっくに。」


やはり淡々と彼は答えた。


「街の議員が、天恵を捏造してくれと婆ちゃんに頼みに来たんです。」

「え?」


ネミルの顔色が変わる。


「何かと世話になってた婆ちゃんは断り切れなかった。たった一度の

虚偽宣告。それが婆ちゃんの全てを終わらせてしまった。」


感情を宿さない語り口調には、逆に真実味があるように思えた。


「何かの不正が発覚して逮捕されたその議員が、死なばもろともって

感じで婆ちゃんに頼んだ捏造を暴露した。それで婆ちゃんは罪を負い、

街中の人間から拒絶されて死んだ。呆気ないもんでしたよ。」

「…………………………」


何とも言いようがなかった。

虚偽の天恵宣告は絶対に禁止だと、登録の際にも散々言われていた。

名ばかりでない神託師がその禁忌を破る行為は、重罪そのものだろう。

しかし、理由があまりにも酷い。


「死に際して、婆ちゃんはこの俺の天恵を見てくれた。で、その結果が

これですよ。何の冗談なんだよと、俺も婆ちゃんも笑いましたっけ。」


おどけて肩をすくめるものの、目は全く笑っていない。

彼の中には、今もなお怒りの感情が残っているらしかった。


「…議員はどうなったんですか。」

「今でもムショでお務め中ですよ。聞いた話だと、あと10年くらいは

出てこられないらしい。報いだとは思いますけど、恨みをぶつける事も

できやしない。嫌なもんです。」


そこまで言った男は、さっき傍らに投げ出していた雑誌を拾い上げる。


「つまんない話を聞かせましたね。ま、暇人の繰り言と思って下さい。

これ以上ご用命がないなら、どうぞお帰り下さい。お代は結構です。」


どうやらもう、俺とネミルの相手をするつもりはないらしい。

俺たちとしても、これ以上訊く事はないだろうと思えた。


「お邪魔しました。」

「あー、ハイハイ。」

「ところで、お名前は?」

「オレグストです。まあ別に憶える必要ありませんよ。聞き流して…」

「じゃあ、オレグスト。」

「はい?」


ギィン!!


向き直った男―オレグストの「影」を固め、俺は言葉に力を込めた。

「魔王」としての言葉に。


「俺とネミルの事は、何もかも全て忘れて下さい。いいですね?」


================================


夜は、少し冷え込んだ。


あれから少しあちこちの店を回り、お開きとした。ロナンと駅で別れ、

俺たち三人は店に戻った。さすがにもう、それから店を開けようという

話にはならなかった。何だかんだでけっこう疲れていたから。


ポーニーは本の中に戻り、俺たちは夕食を簡単に済ませた。あれこれと

よく食べたし、今日はこれでいいと二人とも思っていた。


「いいお湯でした。」

「今日はお疲れ。」


風呂上がりのネミルを迎えた俺は、何となく窓に目を向ける。そちらの

方角に、今日出向いたオトノの街があるはずだった。


「やっぱり気になってるの?」

「まあな。」


自分のベッドに腰を下ろしたネミルの問いに、俺は頷いて答える。


「と言っても、気にする必要はもうないんだが。」

「やっぱり嫌だったの?自分の天恵を無断で知られたって事が。」

「ああ。」

「だけど、あそこで魔王を使うのは予想できなかったなあ。」

「だろうな。」


俺も、最初からそう思っていたわけではなかった。話を進めるうちに、

そうすべきという衝動…いや予感が頭をよぎった。だからオレグストの

記憶から、俺たちの存在を消した。


「そんなに嫌だったんだ。」

「いや、それだけじゃない。」

「じゃあ、他に理由が?」

「自分でもよく分からないけれど、やらなきゃと思ったんだよ。」


そう。

口に出せば確信が生まれる。確かにあの時、俺はそう思っていた。


================================


「だけどあの瞬間、明確にあの男を危険視していたわけじゃない。」


自分の心を辿りつつ、俺はネミルに思いを少しずつ明かした。


「語った過去話は事実なんだろう。俺たちに嘘を言ったところで、何も

得るものが無いだろうからな。」

「でしょうね。」

「ルトガー爺ちゃんと比べてしまう所はあるし、そういう意味で言えば

あいつには大いに同情する。それは当たり前の事だろう。」

「あたしだって同じだよ。」

「それに今、あいつはリアルタイムで復讐を実行してるわけじゃない。

祖母が宣告した天恵で、ささやかな小遣い稼ぎをしてるだけだ。」


そうだ。

あらためて思い返しても、あいつは別に犯罪者ってわけじゃない。

明確に何かに違反したってわけでもない。ペテン師扱いも不当だろう。

望む者に天恵を教える行為自体に、悪いと言える要素もあまりない。

「お試しの機会」であると思えば、むしろ有益な行為だとさえ言える。


だけど。

そうじゃないんだよな。



俺が「魔王」を使った理由は。

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