オトノの街のお祭りへ
ま、待ってくれ。
やめてくれ!
私が一体、何をしたと言うんだ!
何も。
なあぁーんにも。
あなたは何もしていませんよ。
許し難いほどにね。
無茶苦茶だ!
何の恨みがあって、君たちは…
ぐアアッ!!
痛いでしょ?
冷たいでしょ?
知ってますよォ。
な…何故こんな事を…ッ!
まだお分かりになりませんか。
仕方ないですねえ。
そんなだから、名ばかりなどという不名誉な称号に迎合するんです。
恥を知りなさい、恥を。
名ばかり…だと…?
そんな…まさか…
ようやく思い当たりましたか。
そういう事ですよ。
カインツ・レージナーさん。
小売業で財を成したあなたの姿に、神託師の面影は微塵も見えません。
詠唱をちゃんと暗記していますか?
ネラン石の用意は万全ですか?
誰かに宣告をした事がありますか?
…お前たちは……最初からそれを……
ええ、その通りです。
あなたが父親から受け継いだのは、神託師という名前のみでしょう。
憶えなくていい。出来なくていい。そう言われ名を継いだのでしょう。
そんな空虚な世襲に疑問も持たず、次代に渡す事だけを考えたお飾り。
浅はかよねェ。吐いちゃいそう。
そんなんで恥ずかしくなかったの?
…私は…務めを果たしたまでで…
ぐアアッッ!!
やめてくれぇ!!
駄ァ目。
もうちょっと凍えてなさいな。
大丈夫ダイジョウブ。もうちょっとすれば死ねるからさ。
せめてそれまで、己を恥じなさい。
名ばかりの神託師であった己をね。
それが恵神ローナに対する、せめてもの贖罪となるでしょう。
許されない存在ではありますが。
私たちは、あなたを許しましょう。
死にゆくこの瞬間まで、世界に何の貢献もしなかった罪深きあなたを。
感謝しながら、死になさい。
さようなら、偽りの神託師よ。
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「いよいよ明後日からですよね。」
「詳しいね、ホントに。」
「お祭り大好きですから!」
目を輝かせる少女―ロナンのそんな言葉に、俺もネミルもポーニーも
いささか呆れ顔だった。何と言うかこの子、本当に楽しむ事に関しての
バイタリティが凄い。これもある種の達人と言えるだろうか。
こちらに越してきてから、ほぼ毎日と言っていいほど顔を出しに来る。
友達を同伴する事はないから、この店は隠れ家的な感覚なんだろう。
それはそれで、別にいいんだけど。
あんまり頻繁に来るせいで、学校の勉強をちゃんとしているのかが少し
不安になってしまうのである。
つくづく、ガンナー家の人たちって自由だなと思う。
「皆さんは行かれますか?」
「ああ、まあね。…揃って行くのはちょっと難しいけど。」
そう答え、ネミルが肩をすくめた。
話題になっているのは、明後日から隣街オトノで開催されるお祭りだ。
いわゆるフードフェスに近いものであり、規模もかなり大きい。最近は
人気のせいか、年二回の開催が定番になりつつある。もちろん俺たちも
毎年楽しみにしている催しだ。
とは言え、越してきてまだ間もないロナンが、これを知っているとは。
母親のセルバスさんも道楽者だったけど、つくづく血は争えないなあ。
「じゃあ一緒に行きましょうよ!」
「学校の友だちとかは?」
「…正直、そっちと一緒に行くのはあんまり気が進まないんですよ。」
「どうして?仲悪いの?」
「いえいえ、そうじゃないんです。ただ…」
「ただ?」
「彼氏と行くとかお祭り会場で彼氏探すとか、そんなのばっかりで。」
「あー、なるほどそういう事ね。」
ネミルとポーニーが納得顔で頷く。かく言う俺も、かなり腑に落ちた。
彼女は割と大人びている。その分、年相応の興味とは若干ズレている。
彼氏だ何だと騒ぐ同年代とは、少し相容れない部分があるのだろう。
と言っても浮いている様子はない。恐らく自分なりに線引きしている。
普段の付き合いは別としても、このお祭りは同行したくないって事だ。
「一緒に行きませんか?」
「いいよ、じゃあ一緒に行こう。」
「やたっ!!」
無邪気に笑うその顔は、間違いなく15歳のあどけなさを宿している。
俺たちを慕ってくれるのなら、別に悪い気はしない。断る理由もない。
ここの一家は変わり者揃いだけど、それもまた魅力なんだから。
楽しみにしているのは、実は俺たち三人も同じである。
去年までのように、ただ単に祭りを楽しもう!ってだけの話じゃない。
願わくば来年から、ブース出店する側になりたいとも思っているのだ。
そういう意味で、今回は視察という意図も多分に含んでいる。
もうすぐ店を開いて1年だ。
ここらでひとつ、いつもと違う事に挑戦してみたいとも考えている。
こないだのロンデルン出張で、割とそういうコツも掴めた気がするし。
まだまだ俺たちはこれからだよ。
「じゃあ明後日よろしく。楽しみにしてますんで!」
「ああ。」
「うん。」
「よろしくね!」
いいね。
何だかんだで楽しみになってきた。