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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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二次創作哀歌・後編

「何なんですかミュージカルって、そもそも。」


なおもポーニーは食い下がる。

納得がいかない気持ちは、さすがに俺にもそこそこ理解できた。


「エイランの書いた作中、一度でも歌って踊った事がありましたか?」

「ないよなあ、うん。」

「なら、どうしてわざわざそういう表現を選ぶんでしょうか?」

「…客が喜ぶからだろうな。」


身も蓋もない返しだとは思うけど、それ以外に理由なんかないだろう。

俺はミュージカルなんかには欠片も興味ないけど、そういうジャンルが

人気だという事は分かっている。


「なら何してもいいんですか?」

「何してもとは言わねえよ。」


ずいぶんと尖ってるなあ。

何かポーニーらしくないと言うか…

いや。

そうとも言えないのか?


そこで俺はふと、目の前のポーニーに対して妙な感覚を抱いた。

確かにこんな事を言う姿は、子供の頃から親しんでいた小説の主人公の

ホージー・ポーニーらしくない。

だけどその一方、目の前にいる彼女の言葉としては別におかしくない。

それはつまり…


「でもね、ポーニー。」


そこで口を挟んだのは、今の今まで黙って聞いていたネミルだった。


「らしくないと言うのなら、小説で描かれたポーニーにだってそういう

違和感はあると思うよ。」

「え?」

「それはあなたが、誰より分かっている事なんじゃないの?」

「…………………………」


黙り込んだポーニーは、自分の手をじっと見つめていた。

怒っている風でもない。

落ち込んでいるようにも見えない。

ただ、何かを考えていた。


ああそうか、そうだよな。

ネミルの言葉は、俺が漠然と考えていた事をはっきりさせてくれた。



それはきっと、ポーニーも同じだ。


================================


「三つ編みのホージー・ポーニー」は、エイラン・ドールの小説だ。

そして俺たちの目の前にいるのは、その主人公と言うべきポーニーだ。

だけど彼女は、小説の世界からこの世界に飛び出したわけじゃない。

人間ではないけれど、彼女は間違いなく「この現実世界」で生を得た。


ルトガー爺ちゃんが、50年も前に作者のエイランに天恵を宣告した。

結果、エイランの天恵「夢を形に」が発現し、彼女を創り上げたのだ。

エイランにしか見えない存在である彼女は、ずっと彼と一緒だった。

そんな彼女を描いたのが、代表作であるホージー・ポーニーの連作だ。


つまりポーニーは、小説の登場人物ではなくモデルという事になる。

だから小説本編で描かれた出来事は知っているものの、それを経験した

わけではない。またそれらの物語が「フィクションである」という事も

ちゃんと認識しているし、メタ的な視点での客観視も出来ている。

どちらかと言えば、主人公ではなく作者に近い立場にいる存在だ。


だとすれば。

作者エイラン・ドールの書いた小説でさえ、このポーニーを題材にした

二次創作でしかない。いかに作者が執筆したものであっても、そこには

必ずズレがある。二次創作ってのはそういうものだろう。表現の手法が

何であったとしても、ポーニー自身を完璧に描く事などは出来ない。


さすがにミュージカルというのは、かなり極端な例なのかも知れない。

だけど結局、ズレがあるのは原作も同じだ。彼女の方が早くこの世界に

降臨した以上、オリジナルと呼べる存在はまぎれもなくこっちだろう。


足らぬ言葉に苦労しながらも、俺はそんな考えをポーニーに告げた。


「おそらくはエイラン・ドールも、君という存在を小説として残すのに

苦労したはずだ。迷いも解釈違いもあっただろうし、納得できていない

表現もあったと思う。」

「…そうですね。」

「だったらもう大目に見てやれよ。歌ったり踊ったりは邪道だけれど、

それは愛されている事の証だ。」


俺はポーニーの目をじっと見据え、迷いなく言った。


「君じゃなくて小説の方が、な。」

「でしょうねえ!」


吹っ切れたように言い放った彼女の顔に、ようやく笑顔が戻った。

いつものあの笑顔が。

そうこなくちゃな。



俺たちにとってのポーニーはもう、君なんだから。


================================


それから、十日が過ぎていた。


五十周年ミュージカルは、つい先日キャスティングが決まったらしい。

新聞で発表されていたけど、もはやポーニーが荒れる事はなかった。

もちろん微妙な顔になってるけど、それは仕方ない。日にち薬だろう。

さあて、今日もそろそろ看板に…


チリリン。


「こんにちはー!」

「あ、はい。」

「いらっしゃいま…」


笑顔を向けたネミルが、そこで目を見開いた。


「あ、ロナンさん!」

「ちゃんでいいですよネミルさん、ロナン「ちゃん」で!」


入店したのはロナン・ガンナー。

あのシュリオさんの実妹で、かつて彼の「騎士ごっこ」に母親と一緒に

付き合っていたあの子だ。


「お久し振りですね。」

「ご無沙汰してます!」


確かこの子、シュリオさんの監視を兼ねてロンデルンに行ったはずだ。

そのシュリオさんは、女王陛下直属の騎士隊に抜擢されていた。

って事は…


「兄が何とか就職できましたので、あたしはお役御免となりました。」

「へえー…」


「何とか就職」っていうあたりに、ぼかした意図を感じる。おそらく、

家族にも秘密って事なんだろうな。なら、会った事は秘密にしとこう。


「で、せっかくだからこっちの学校に通う事にしました。」

「え?」


いきなりだな。


「お母さんは?」

「独り暮らしの許可もらいました。晴れて独立です!」

「ええ…」


相変わらずマイペースだな、ここの人たちは。


「それで一度ご挨拶にと思っ…」


そこまで言いかけたロナンの目が、不意にポーニーを捉えて止まる。

何だ、どうした?


「あのう。」

「はい?」

「あなたって、もしかしてこの間のオーディションで一緒だった人?」

「えっ」

「ですよね!?」


途端にロナンはパッと笑った。


「やっぱり!あたしは後ろに並んでたんですけど、受かるのは絶対に

あの人だろうなと思ってたんです!だってイメージピッタリだったし!

でもその…」

「歌とダンスがアレだったと。」

「そ…うでしたね。」


今さらながらマズいと思ったのか、ロナンはトーンダウンした。遅い!

しかしポーニーは、もはやその事で暗くなったりはしなかった。


「そう思ってもらえたのなら、実に光栄です。行った甲斐があった。」

「奇遇ですね本当に!」


言いながら、ロナンはカウンターに座ってあらためて笑う。


「あたしはロナン。よろしく!」

「ホージー・ポーニーです。どうぞよろしく。」

「わあ、徹底してますね!!」

「そうなんですよ。」


どうやら意気投合したらしい。

何とも狭いもんだなぁ、世間って。でも、悪い出会いじゃないだろう。

こうして笑い合えるなら…


「ところでロナンちゃん。」

「はい?」


何か思いついたネミルが問う。


「あなたの選考結果は?」


え?

おい待て。

それを訊くのかよ?


「最終選考まで残りました。惜しい所まで行ったんですけどねー。」

「えっ」


あ。

ポーニーが固まった。

この流れは…


ああもう、面倒臭いな本当に!!



余計な事訊くなよネミル!!

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