天恵持つ者持たぬ者
「それはそうと…」
ひと通りの話を終えた後で、口調をあらためたトーリヌスさんの視線が
俺に向いた。何となく、予感めいたものがあった。
「トラン君は、大丈夫ですか?」
「つまり、天恵の話ですか。」
「差し出がましいとは思いますが、やはり気にはなりますので。」
「ですよね。」
答えた俺は、ちょっと気持ちが軽くなったような気がした。
そうなんだよな。
目の当たりにした人に変な気遣いをされると、かえって不安になる。
こんな風に正直に言葉にしてもらう方が、よっぽど気が楽だ。
どのみち、「魔王」は俺の一部だ。
有耶無耶にはしたくなかった。
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「…あの時ご覧になった通り、俺に対する悪意を持った者を支配する。
それが俺の天恵なんです。」
「気疲れしそうな天恵ですね。」
「まったくです。」
こういった話は、ネミルやポーニー以外にはなかなか出来ない。
言葉を選びつつも、機会を得た俺はつらつらと語った。
「必ずしも、相手が悪い奴や嫌な奴とは限らない。そんな相手をわざと
煽ったりするのは、正直疲れます。それに…」
「それに?」
「どんな相手であろうと、嫌われるっていうのは嫌なもんですよ。」
「そうでしょうねえ。」
実感のこもるトーリヌスさんの言葉に、ノダさんもうんうんと頷く。
天恵を具体的に知っているこの二人だからこそ、俺の持つ「魔王」の
異常さは実感できるんだろうな。
そうだ。
まあまあ慣れてきたし、使い勝手がいいと思う機会も無くはなかった。
今回の件でも、大いに役に立ったと胸を張っていいのかも知れない。
だけど、自分の気持ちは別問題だ。
俺はいつだって、天恵を使うたびに不安になる。誰が相手だとしても。
誰かを守るために使ったとしても、この天恵は何かを生み出せるような
代物じゃない。どこまでいっても、魔王は魔王でしかない。
それでも…
「大丈夫ですか?」
「もちろん。」
気遣わしげなトーリヌスさんの問いに対し、俺は即答を返した。
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「強がるつもりはありません。」
これは、俺の偽りない気持ちだ。
「正直、何もないままでこの天恵を得ていたら、危なかったでしょう。
気の向くまま、欲のままに乱用し、誰かを傷付けていたかも知れない。
そうでないと断言できるほど、俺は高潔な人間ではありません。」
「…………………………」
「だけど、今はそうじゃない。」
言葉に出す事で、あらためて確信を得る事が出来る気がした。
「俺にはこの店があって、ネミルがいる。だから間違わずにいられる。
案外、これがいいバランスなのかも知れないと思ってるんですよ。」
「何よりです。」
「そうそう!」
じっと聞いていたトーリヌスさんとノダさんが、嬉しそうに笑う。
ネミルもポーニーも、同じく笑う。もちろん、この俺も。
とりあえず、それでいいんだ。
彼らが俺を認めてくれているのは、何よりも救いになる。
天恵は自分の一部。
認めてこそ見える、明日がある。
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「それじゃあ、私たちはこれで。」
「ありがとうございました。」
「このままお帰りですか?」
「いいえ。」
ネミルの問いに、トーリヌスさんは意味ありげに首を振って答えた。
「ついでではありますが、もう一件用事がありまして。」
「ついで?」
…こんな田舎街に、どんなついでがあるというのだろうか。
「とんでもない邪魔が入ったせいで中断していましたが、王立図書館の
改築の計画を再開するんですよ。」
そう言いながら、トーリヌスさんはフッと小さく笑う。
「…で、ちょっと母の意向を計画に取り入れる事になりまして。」
「はあ。」
聞いてもよく分からない俺たちは、顔を見合わせるばかりだった。
それとこの街と、どういう関係が?
まあ、いいか。
「また来ます。」
「お待ちしております!」
笑顔と共に、二人は帰っていった。
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翌日。
「ちょっとちょっと!」
あわただしく駆けこんで来たのは、ニロアナさんだった。
珍しいな、この人が慌てるなんて。
「いらっしゃい。」
「どうかしたんですか?」
「いきなりな話よ!あ、とりあえずココアちょうだい。」
「はい。」
カウンターに陣取ったニロアナさんが、息を切らせてまくし立てる。
「昨日の夕方、いきなり建築会社の社長さんが来てさぁ!」
「え?」
「ロンデルンの王立図書館の改築をするんで、正面エントランスに飾る
絵の制作を頼みたいって!」
「えぇ?」
何ですと?
「いくら賞を獲ったって言っても、いきなり過ぎると思わない!?」
「そ……………………うですね。」
「何でそんなに伸ばすのよ。」
「いや、びっくりして。」
目を向ければ、ネミルもポーニーも大きく目を見開いている。
なるほど、そんな用事だったのか。
…そう言えばあの日も、女王陛下が熱心にあれこれ話をしてたっけ。
「引き受けたんですよね?」
「もちろん。断る理由ないからね。でも一体、どんな風の吹き回し?」
「そうですね…」
そこで俺は、ふと訊いてみたい衝動にかられた。
「ニロアナさん。」
「うん?」
「天恵宣告って、興味あります?」
「何なに、もしかして勧誘?」
「いえ、単純な疑問です。」
「悪いけど、全然ないなあ。」
即答に迷いはなかった。
「そんなもの無くても、あたしには培ったものがあるから。」
「ですよね。」
何だか無性に嬉しくなった。
そうだ。
いくら希少な天恵だとはいっても、この人はそんなものは望まない。
むしろ持たない方がいいだろう。
ニロアナさんは才能を持っていて、それを伸ばす努力も惜しまない。
そして俺たちなんかの想像を超え、人の心を掴む絵を創造できるんだ。
今だから思う。
天恵は、簡単に肯定や否定で片付くような単純な概念じゃないんだ。
必要とする人、活用する人もいる。振り回されてしまう人だっている。
そしてこの人のように、得なくても人生を豊かに歩める人もいるんだ。
運命だとまでは言わないけれど。
廃れた時代だからこそ、そういった曖昧さはしっかり見据えるべきだ。
それが現代を生きる神託師なんじゃないかと、俺は思う。
「いい話なんだから、ドンと構えていい絵を描いて下さい。」
「お、聞きたい事言ってくれるね。さすが客商売、板について来た。」
「自分でも嬉しい限りです。」
ニロアナさんの笑顔の向こう側に、俺たちの生きるべき世界が続く。
それを信じていけばいいだけだ。
さあ、仕事頑張ろう。