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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
118/597

最後のお客さん

翌日。

ニロアナさんの個展最終日。


予想通りの大盛況となり、俺たちは朝から目の回る忙しさだった。

店でも忙しい日はあるけど、やはり首都ともなれば少々レベルが違う。

しかもここ最近、ポーニーのヘルプありきに慣れ切っていたせいもあり

とにかく余裕がない。


とは言え、何とかしのぐしかない。

昨日はワガママ言って途中で抜け、大いに迷惑をかけた身だ。あの後、

ニロアナさんは何ひとつ詮索せず、「おかえり」のひと言で俺たちを

迎えてくれた。勝手を責める素振りすらもなかった。

天恵宣告を受けたんじゃないのかと思うくらい、達観した態度だった。


だからこそ、今日は全力で昨日の分の埋め合わせをするしかない。

それがプロってもんだろう。



俺もネミルも必死だった。


================================


まともな昼食を取る間すらもなく、気付けば夕方近くになっていた。

さすがに来場する人の姿もまばらになり、終了が近い事を感じさせる。

何と言うか、やっぱりちょっとだけ感慨深いものがあった。


「終わっちゃうね。」

「そうだな。」


小さめに切り分けたサンドイッチをつまみながら、ネミルと語り合う。

無我夢中だった初の出張も、今日で終わり。途中でとんでもない事件が

あったものの、何とか乗り切った。


「明日どうしようか?」

「お前はどうしたいと思ってる?」

「できればもう、早く帰りたい。」

「気が合うな。」

「ふふふふ。」


笑うネミルの顔を見ていると、何か本当の意味でホッとする。

来る前は、最終日の翌日は思う存分観光しよう…という予定もあった。

だけど正直、もうさっさと見慣れた田舎街に帰りたいと思っている。

さらに正直に言うなら、早く帰って安心したいという思いもあった。


昨日の夕方。

電話でシュリオさんたちに挨拶し、俺たちはそのままここに戻った。

事前の予定通り、ポーニーは店まで一気に戻っていったらしい。

ちょっと戦々恐々としていたけど、さいわい呼び出しなどはなかった。

このまま何事もなく帰れるのなら、それに越した事はないだろう。


あらためて考えると、とんでもない事件に首を突っ込んだのだから。


今さら言う事じゃないけど。



やっぱり、平穏が一番だ。


================================


「もうすぐ閉館だね。」

「ああ。」


最終日は撤収作業もあるから、先の4日間よりも終了時刻が少し早い。

すでに会場内にひと気はほぼなく、老婦人がニロアナさんと話し込む

姿が見て取れる。他は二人だけだ。


「何だか盛り上がってるな。」

「多分、あの人が最後だろうね。」


まだここに来るかも知れないから、気を抜かずに動向を見守る。

予想通り、長話を終えたその老婦人はそのままこちらに歩いて来た。

最後のお客と、俺とネミルも背筋を伸ばして迎える。


「まだよろしいかしら?」

「ええ、もちろん。」

「何になさいますか?」

「じゃあ、紅茶を、」

「かしこまりました。」


うん。

やっぱり感慨深いな。

しっかり気合を入れよう。


================================


「いかがでしたか、個展は?」

「ええ、楽しめましたよ。」


美味しそうに紅茶を飲む老婦人が、そう言ってギャラリーに向き直る。


「意外と好みだったと言うかね。」

「意外と?」


その言葉に、ネミルが反応した。


「あんまり期待はされてなかったんですか、もしかして?」

「ええ。…あ、これは内緒ね。」

「はいはい。」


悪戯っぽく肩をすくめる老婦人に、俺たちも揃って肩をすくめた。


「じゃあ、たまたまいらっしゃったとかですか。」

「いいえ、そういう訳じゃないの。…どっちかと言うと、絵を観るのは

ついでだったのよね。内緒内緒。」

「ついで…ですか。」


さすがによく分からない話だった。

この個展の主役はニロアナさんだ。それは間違いない事実だろう。

じゃあ、何のついでなんだろうか。そこまで訊いていいんだろうか?


「ええっと…じゃあ、何しに?」


いかん。

変に気を回し過ぎたせいで、訊き方がかなり露骨になってしまった。

接客がなってないぞ俺!


しかし老婦人は気を悪くした様子もなく、俺たちの顔をじっと見比べて

にっこりと笑った。


「もちろんあなたたちに会いに。」

「へ?」

「は?」


例によって、間抜け声が重なる。

何を言ってるんだこの人。ってか、間違いなく初対面のはずなのに。

もしかしてノダさんみたいに、誰か料理を持ち帰った人から何かを…


「お礼が言いたかったんですよ。」

「お礼?」

「あたしたちにですか?」

「そう。」


思わず俺たちは、顔を見合わせた。

ますます、言ってる事が見えない。


「ええっと…」

「トランさん、ネミルさん。」

「えっ」

「はい?」


本当に俺たちを知ってるのか。

この人いったい、誰だ?


「息子を助けるために力を尽くして頂き、本当にありがとう。」

「…え?」


言葉の意味が分からない俺たちは、そこで初めて老婦人のすぐ背後に

影のように立っている二人の人物に気が付いた。気配が全くなかった。

確か、ギャラリーにいた最後のお客だったはず…


と、右側の女性が大きなサングラスを少しだけずらしてこっちを見た。

その意味ありげな視線には、確かに見覚えがあった。しかも昨日。


「え、リマスさん?」


そう呟いた瞬間、左側に立っている男性がシュリオさんだという事に

気付いた。俺とネミルは、その意味をほぼ同時に悟った。


つまり

目の前で笑うこの人は


「…女王陛下?」

「本当にありがとう。」


うっすらと涙を浮かべるその女性―マルニフィート陛下は、ゆっくりと

俺たちに両手を差し伸べた。

言葉を失っていた俺たちも、陛下の思いを察して手を差し伸べる。

握る手は少し節が出ていたけれど、温かかった。


憶えがある。

母さんと同じ感触だ。

そう思った途端、動揺は嘘のように消え去っていた。多分、ネミルも。


女王陛下は、母親なんだ。

たとえ何があろうと、我が子であるトーリヌスさんを愛しているんだ。


「ありがとね。」

「どういたしまして。」

「本当に、よかったです。」


立場なんて関係ない。

言葉の重さなんて、同じだろう。


子を思う母親の、当たり前の感謝。



それは、何より嬉しい言葉だった。

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