それが騎士の道
飲み食いの跡が残る詰所を見れば、賊がこの場所にたむろしていたのは
すぐに判る。つまり、ここの電話で人質の交渉もしていたという事だ。
「お、拡声切替えできるみたいね。さすが王立図書館。」
リマスが感心したようにそう言う。見てみれば確かに、相手からの声を
開放するスイッチがあった。
よし、好都合だ。
とにかく、最優先の報告をする。
待ちわびているだろうからな。
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『もしもし!?』
呼び出しの音もそこそこに、大声が飛び出してきてちょっと驚いた。
だけど、その気持ちは理解できた。あの家にかかってくる電話と言えば
僕たちからに決まってるからな。
「どうぞ。」
「ありがとう。」
そう言いつつ受話器を差し出すと、トーリヌス氏は苦笑して受け取る。
早く声を聴かせてあげて下さい。
「ノダか?」
『あっ、トーリヌス様!!』
「心配かけたな。ありがとう。」
『ご無事ですか!?』
「もちろんだ。それより…」
『はい?』
「図面は描けたか?」
『もちろんです!』
「よおし!」
そのやり取りに、僕とリマスは顔を見合わせ肩をすくめる。
何と言うか、プロフェッショナルな連中なんだなと。
とは言え、これこそが何より無事を確かめられるやり取りなんだろう。
絆とは、他人に見えにくいものだ。
「ノダ。」
『はい。』
「トラン君たちはいるか?」
『ここにいらっしゃいます。』
「代わってくれ。」
『はい。…どうぞ』
一瞬の沈黙を経て。
『トーリヌスさん!』
二人の声が、見事に重なり響いた。それを受け、トーリヌス氏はフッと
嬉しそうな笑みを浮かべる。
「お久し振りです。ご心配をおかけしましたね。」
『ご無事で何よりです!』
「ところで…」
ひと呼吸置き、トーリヌス氏が少し口調をあらためた。
「どうしてあなた方が、そこに?」
『ああ、えっとですね。』
問いに対し、トランさんが答える。
『経緯って意味なら、説明するのはちょっと時間がかかります。でも、
理由って意味なら単純です。』
「…つまり?」
『俺たちはあなたを助けたかった。ただのそれだけです。』
「ありがとう。それで充分です。」
トーリヌス氏は、涙ぐんでいた。
そうだろうな。
それで充分だと、僕も強く思う。
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「トランさん。」
『はい。』
再び受話器を受け取り、僕は口調をあらためて彼に言った。
「本隊への報告はこれからです。」
『そうなんですか。…ご配慮に感謝します。』
やっぱり彼は察しが速い。
『でも、急いだ方がいいですよね。先方もヤキモキしてるだろうし。』
「ええ、もちろんです。」
まさに彼の言う通りだ。そもそも、騎士である自分たちが女王陛下への
報告を後回しにした事自体、かなりルールに違反している。
「…ですがトランさん。」
『はい。』
「ここに拘束した賊が全員います。もう一度だけ力を貸して下さい。」
『…………………』
すぐに答えは返って来なかった。
彼なりに、僕の言った意味を考えているのだろう。しかしその沈黙は、
わずか十秒ほどだった。
そして。
『シュリオさん。』
「はい。」
『俺は、捏造に加担するような真似はできませんよ。』
「言うまでもありません。」
『本当の事が、必ずしも女王陛下にとって都合のいい話とは限らない。
それも承知の上ですか?』
「もちろんです。」
僕の即答に、迷いはなかった。
リマスも異議は唱えなかった。
「僕たち騎士隊の者の任務は、女王陛下に盲従する事ではありません。
陛下をお守りしつつ、真の騎士道を完遂する事であると信じています。
であればこそ、ここにいる者たちはただ真実だけを語るべきでしょう。
たとえその中身が何であろうとも、これ以上引きずらないために。」
『分かりました。』
「ありがとう。」
行き過ぎた行為なのかも知れない。
トランさんに頼む事自体、フェアな行為でないと言えるかも知れない。
それでも僕たちは、真実を求める。
もうこれ以上、くだらない奸計だの陰謀だのといった話はごめんだ。
裁かれるべきが誰なのか、しっかり詳らかにしてもらいたい。
そしてつくづく思う。
彼らが来てくれて、助かったと。
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『ふう…』
「お疲れさまでした。」
思わず労いたくなるほど、受話器の向こうのトランさんのつくため息は
深かった。…無理をさせたなあ。
『それじゃあ。』
「はい。」
『俺とネミルは、このまま帰ってもいいですか?』
「え?」
なぜか、その言葉は予想外だった。
『仕事放り出してきたし、さすがに明日はもう穴開けられないんで…』
「ええっと…」
「かまわないよ。」
僕の手から受話器を取り上げ、そう答えたのはリマスだった。
「報告すれば、おっかない人たちがそっちに行くからね。ノダさんだけ
残っててもらえればいいから。」
『じゃ、監視は終わりって事で?』
「いいよいいよ。って言うか正直、ちょっと忘れてた。」
言いながら、リマスは豪快に笑う。
「自転車は入口脇に置いてある。」
『助かります。それじゃ』
「トラン君。ネミルさん。」
『はい。』
「協力に感謝します。」
『どういたしまして!』
声を揃えたひと言を残して、電話は切れた。
僕もリマスも、ホッと息をついた。
「じゃ、あたしも失礼しますね。」
そう言ったのはポーニーだった。
「二人に合流するんですか?」
「いえ、直接お店に戻ります。まだ閉める時間じゃないんで。」
「お店って、まさかミルケンの?」
「そうです。」
「そうですか…」
鉄道で6時間かかるという事実を、丸ごと無視できるのか。
慣れてきてはいたものの、やっぱりその能力は理解を超えている。
まあ、いいか。
「ご協力ありがとう。」
「本当にありがとう。」
「いえいえ。」
僕とトーリヌス氏の言葉に、彼女は笑って手を振った。
「それじゃ…」
「あのう。」
本を手に取るポーニーに、リマスが遠慮がちに声をかけた。
そして、ポケットから手帳を出す。
「はい?」
「…ここにサインもらえますか?」
「へ?」
「小さかった頃、あなたの大ファンだったんです。…あなたに憧れて、
騎士を目指して。」
もじもじと話すリマスに、ポーニーはにっこりと笑った。
「もちろんです。」
「どうもありがとう!」
「こちらこそ!」
そのやり取りに、思わず僕も傍らのトーリヌス氏も笑った。
そうか。
そういう騎士道を目指してたのか、彼女は。
知らない事って多いもんだな。
そして、いいもんだな。
さあて。
報告の準備といこうか。