決着の後にすべき事
危ういピンチはあったけれど、予想以上に迅速に制圧できた。
堪えに堪えた末、必要な情報を全て彼らが手に入れてくれたからだ。
後はトーリヌス氏を救い出すだけ。何とかやり遂げた。
でも。
達成感に浸る気にはなれなかった。
最後まで気を抜くなとか、そういう話ではない。いや、気が抜けない。
昏倒したスワンソンのすぐ傍らで、ぶよぶよと蠢いている小鬼。
あまりにも異様なその姿が、私たち二人に緊張を解かせてくれない。
「…何なの、これ?」
「さあ…」
さすがに、シュリオには皆目見当がつかないらしい。あたしも同じだ。
襲ってくる気配もなく、大き過ぎる単眼でこちらを見つめている。
いっそ飛び掛かってくれば、悲鳴を上げるか叩きのめすかという選択が
できるのに…
どうしよう。
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カチャン!!
出し抜けに響いた大きな解錠音に、不覚にも飛び上がってしまった。
不毛な沈黙を破ったのは、目の前のドアが開けられる音だった。
「終わりました?」
にゅっと顔を出したのは、予想通りホージー・ポーニーだった。
どうやら、トーリヌス氏の持つ本を伝って室内に先行していたらしい。
「え、ええ…」
「よかった。ちょっと来て下さい。拘束が固くて解けないんです。」
「いやちょっと待って。」
さっさと話を進める彼女に、思わず素で突っ込んでしまった。
「こいつ何だか分かります?」
「え?ああ、はい。」
指差した小鬼を一瞥し、ポーニーは当然のように頷いた。知ってんの?
「戻って。」
シュン!!
そう言って本をかざしたと同時に、小鬼は一瞬で消えた。まぎれもなく
ポーニーの瞬間移動と同じように。という事は…
「…まさか、本の中の世界から?」
「まあ、そんな感じです。」
答えたポーニーが、中ほどの挿絵のページを開いて見せる。
「…………………………」
黙って覗き込んだそのページには、明らかに後から誰かが描き込んだと
おぼしき絵があった。間違いなく、今までここにいた水色の小鬼だ。
「これは?」
「この本を借りたどこかの子供が、家で描いたんでしょうね。あたしも
初めて見た時はびっくりしました。でも大人しくていい子ですよ。」
「はあ…」
「さっきも、注意を逸らす手伝いをしてくれましたし。」
「なるほど…。」
王立図書館の蔵書に落書きするとはちょっと感心しない。
だけど、おかげで助かった。
まあいいか。
私もちょっと感化されてきたなぁ。
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「ご無事でしたか。」
「ええ、何とか。」
憔悴も負傷もしているものの、予想よりトーリヌス氏は元気だった。
シュリオが素早く拘束を切り、彼を助け起こす。
「女王陛下直属の騎士隊の者です。遅くなって申し訳ありません。」
「ありがとう。」
「立てますか?」
「もちろん。」
シュリオとポーニーに支えられて、トーリヌス氏はしっかりと立った。
どうやら大丈夫らしい。それなら、あたしはあたしの仕事をしよう。
「シュリオ。」
「ああ。」
「あたしは倒した奴らを確認して、一箇所に集めておくよ。」
「頼む。あ、それじゃあ…」
何か思いついたのか、シュリオの顔に意味ありげな笑みが浮かぶ。
「一階の詰所に運んでくれ。一人で大丈夫か?」
「え?ああうん、大丈夫だけど…」
何でわざわざ詰所なんだろうか。
まあいいか。ここは二人に任せて、あたしはすべき事をするだけだ。
今はもう、頭よりも体を動かす方がいい気がするから。
「じゃあ行ってくる。」
「頼むな。」
何だか、まだ実感が湧かなかった。
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面倒なので、スワンソンは階段から蹴り落とした。もちろん、角度には
十分気をつけて。死ななけりゃ別に問題ない。打ち身が増えるくらい、
我慢しろと言いたい。
二階にいたのはこいつだけだ。後は強引に引きずって詰所に詰め込む。
全員、しっかり後ろ手で拘束する。スワンソンは目隠しもしておいた。
目を覚ましたとしても、あの厄介な天恵を使われないように。
「これで全部だな。」
「ええ。それで…」
「どうするんですか?」
「電話するんだよ。」
私とポーニーからの問いに答えて、シュリオは受話器を手に取った。
ああ、それで電話のある詰所か。
「…つまり、本部に連絡するのね。制圧完了したと。」
「それもあるけど、後だ。」
「え?」
それより優先する事って…
「ああそうか、トランさんたちの方ですね。お待ちでしょうから。」
先に気付いたのはポーニーだった。ああそうか、なるほどね。
でもそれは、ポーニーが直接伝えに行った方が速いんじゃないのか。
いや、そうじゃない。
それだけじゃない。
そうか、なるほどね。
シュリオって、意外と悪知恵も働く男なんだよね。