突入せよ騎士たち
「いいんですか?」
「何が?」
「いや、僕とネミルは監視下だったはずですけど。」
「じゃあノダさんに任せる。」
もはやどうでもいいといった態で、リマスさんがそう言い捨てる。
それが何だか、地味に嬉しかった。
「こちら側の通用口から入ります。で、総合事務所に向かいます。」
窓の外を窺いながら、シュリオさんが言った。
「タイミングを合わせた上で突入を敢行します。ですので…」
「任せて下さい。」
「頼むぜポーニー。」
「んじゃ行ってくる。」
入口のドアを開けたリマスさんが、俺たちに振り向いて笑った。
「絶対にトーリヌスさんを助けて、ここに連れ帰る。騎士の誓いだ。」
「よろしくお願いします。」
「承知!」
ノダさんの言葉に、シュリオさんも笑顔で答える。
いよいよだな。
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ここから通用口まで、通りを隔ててほんのすぐそこだ。あっという間に
二人がその前へと到達する。窓からその様子を確認し、俺はポーニーに
向き直った。
「よし。事務所の外線を頼む。」
「行ってきます!」
シュン!
音もなく姿が消える。今この瞬間、ポーニーは例の電話接続スイッチの
すぐ下に現出しているはずだ。先に行った二人と合流しているだろう。
事務所のハゲには、何が起こっても動くなと魔王の天恵で命じてある。
しばしの沈黙ののち。
ジリリリリリン!
予定通り、電話がかかってきた。
「もしもし?」
『問題なく入れました。』
相手はシュリオさんだ。
総合事務所の制圧が完了した時に、ここにかけてもらうようにした。
「ハゲは?」
『大人しいもんですね。』
「じゃあ、代わって下さい。」
『了解。』
やがてゴソゴソと音がして、相手が代わったのを感覚で察した。
「魔王」の影響下にあるあの男だ。受話器越しにでもはっきり判る。
「聞こえるな?聞こえたらココアと言ってみろ。」
『ココア。』
「よし。お前は通用口から出て外の駐車場脇の壁際に座ってろ。」
やがて向こうの気配が遠ざかった。
『従順なもんですね。何も言わずに出て行きました。』
「こっちからも見えてます。」
窓の外を確認したネミルが答える。ハゲは、子供のように両膝を抱えて
壁際に座り込んだ。あの状態なら、事が終わるまで誰の目にも触れずに
済むだろう。邪魔は少ないに越した事はない。
「ポーニー、いるな?」
『はい。』
「君はあくまでも、陽動の担当だ。絶対に無理はするなよ。危ない時は
迷わず離脱しろ。店長命令だ。」
『ご命令とあらば。』
「シュリオさん、リマスさん。」
『はい。』
「くれぐれもお気をつけて。」
『ありがとう。』
「ご武運を!」
『応よ!』
リマスさんのその声を最後に、電話は切れた。
ここから先はもう、俺たちにできる事はない。
ただ、信じるだけだ。
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静寂。
そして
その中に
パンパンパン!
「何だ!?」
「銃声だと!?どっからだ!!」
「突入してきやがったのか!?」
詰所で飲み物の瓶を回していた五人が、突然の音に立ち上がった。
傍らに置いていた拳銃を手に取り、廊下を窺う。と、次の瞬間。
パン!
またしても響いた音に、顔を出した金髪の男があわてて首を竦める。
「くそっ!…通路の奥からだ!!」
「奥だと!?いつの間に誰が…?」
「とにかくダントとリカワ!二人で奥の応戦に向かえ!援護する。」
「わ、分かった。」
名を呼ばれたらしい金髪と黒髪が、慎重に通路の奥へと歩を進める。
その瞬間。
パン!
すぐ隣の部屋からあの音が響いた。反射的に向き直った2人の目に、
妙なものが映る。
何だあれは。
赤い風船…?
よく見れば、割れた破片もいくつか床に落ちている。
まさかあの音は、この風船が…
考えた一瞬が、命取りだった。
「!?」
銃を構えた両手が引っ張り込まれ、ぐるりと視界が一回転する。
ダァァン!!
背中からではなく首から床に激しく叩きつけられ、一瞬で意識が飛ぶ。
金髪男は、白目をむいて失神した。
「ダッ、ダント!?何」
ドゴォン!!
声を上げようとした黒髪の鳩尾に、鉄槌のような硬い衝撃が走った。
背骨まで響いた鈍い一撃が、意識を一瞬で体外まで弾き出す。
タッ!!
二人を一瞬で無力化した影が、勢いよく部屋から走り出た。
「野郎!」
相手の姿さえ見えれば、通路などは格好の射撃スペースでしかない。
迎撃する三人は揃って銃を構える。先頭を走る男は、丸腰だった。
ダンダンダン!!
銃声が通路の空気を震わせる。
しかし男は回避らしい回避もせず、ただ右手をかざしただけだった。
ギイィン!!
「なっ!?」
男がかざした手の先に、銀色に輝く盾が出現。襲い来た銃弾を弾いた。
複雑なエッチングが施された盾が、突進してくる二人の姿を一瞬隠す。
ギュン!!
「グオッ!?」
気を呑まれた一瞬に、盾は長槍へと形を変えていた。あっという間に
間合いを詰められた男は、そのまま肩を刺し貫かれて転がる。
「て、天恵か!?」
「遅い!」
槍を引いたシュリオの傍らを一気にすり抜けて、リマスが突進する。
棒立ちの二人の間に割って入ると、その胸座を同時に左右の手で掴む。
「ほっ!!」
ダアァァン!
気合いと共に、リマスより二回りも大柄な二人は大きな弧を描いた。
そして同時に床へと叩き付けられ、そのまま沈黙する。
「あと一人。」
「上だ、行くぞ!!」
二人に、迷いはなかった。