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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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初めてのお客

俺は無駄に想像力が逞しい。そして変に悲観的になる時がある。

まさに今がそうだった。


誰だこの人。…ってか、何の用だ。

もしかして地上げか。

ネミルの指輪の事を嗅ぎつけたか。

まさか、俺の天恵が魔王だって事を知って脅迫に…


「ちょっと失礼。」


あれこれ考えている間に、その紳士は俺たちに声をかけてきた。


「こちらルトガー・ステイニーさんのお宅でしたよね?」

「あっ、はい。…えと……」


答えたネミルが、そこで言い淀む。しかし紳士は小さく頷いた。


「亡くなったのは存じております。…お葬式にも出たかったのですが、

どうしても仕事を抜けられなくて。遅くなって申し訳ありません。」

「い、いえとんでもないです!」


あわてて立ち上がりつつ、俺は己の馬鹿さ加減にちょっと呆れていた。

あれこれ変な想像は逞しいくせに、肝心な仮定がスッポリ抜けていた。



この人は、弔問客だ。


================================


とにかく庭に入ってもらった。

さすがに今、家に入ってもらう…というわけにはいかない。つくづく、

形だけでもオープンカフェを作っておいてよかったと今さら思う。

あたふたとテーブルの上を片付け、追加の椅子を出した。なおネミルは

運転手らしき女性を車の中から連れ出した。固辞していたらしいけど、

紳士が声を掛けたら渋々車を降りて庭に入って来た。20代くらいの、

やたら姿勢のいい女性だった。多分ボディーガード兼務なんだろうな。


「私は結構です。」


さすがに主人と同席するというのは許容外なんだろう。なので俺たちは

隣に出していた小さなテーブルにも椅子を追加して、彼女にはそちらに

座るよう促した。実に思いがけない接客に、深く考える間もなかった。


「すみません、今はこれしか用意がなくて…」


とにかく新しく紅茶を淹れて出す。おやつにと作って持ってきていた、

スコーンがお客さま用に化けた。


「ありがとう。ノダも頂きなさい。ひと息入れよう。」

「はい。では遠慮なく頂きます。」


おそらく、相当急いで遠方から車を走らせて来てくれたんだろう。

あえて自己紹介など後回しにする、二人の態度が逆に清々しかった。


「これは…君が淹れたんですか。」

「え?ええ、ご覧になった通り。」


紅茶を口にした紳士が、驚いた顔で向き直って問う。

目の前で淹れたんだから言うまでもないだろう。俺は即答した。


「…なかなか絶品ですね。失礼とは思いますが、ご家業は?」

「レストランを経営しています。」

「なるほど…。」


納得したように頷く紳士の向こう側で、ノダと呼ばれた運転手の女性は

モシャモシャと2個目のスコーンを貪っている。…気に入ったらしい。

俺と目が合ってあわてて居住まいを正したけど、口の端にはスコーンの

欠片がついていた。見てみぬふりをしつつ、俺はちょっと嬉しかった。


事情はまだ分からないけど、最初の客をそれなりに満足させられたと。


================================


「すっかり申し遅れました。」


対面に座った俺とネミルに、紳士があらためて居住まいを正した。


「私の名はトーリヌス・サンドワ。…かなり昔ですが、ルトガーさんに

お世話になった者です。」

「トラン・マグポットと申します。僕も子供の頃世話になりました。」

「初めまして。ネミル・ステイニーと申します。」


ネミルの自己紹介に、トーリヌスと名乗った紳士は目を見開いた。


「ステイニーという事は…あなた、もしやお孫さんですか?」

「そうです。」

「それはそれは…この度はまことにご愁傷様です。」

「わざわざ祖父のために来て頂き、ありがとうございました。」


しっかり答えるネミルは、やっぱり少し涙目になっていた。だよなあ。

悲しくもあるけど、こうして弔問に来る人を迎えられるというのもまた

いい弔いになる。きっと爺ちゃんも喜んでくれてると思う。


午後の日差しが心地よかった。


================================


「ところでトラン君、ネミルさん。…聞いておきたいのですが。」

「はい。」


背筋を伸ばして答える俺は、ある種の予感めいたものを覚えていた。


「ルトガーさんが神託師だった事はもちろんご存じですよね?」

「ええ。」

「昔から知ってました。」


別に言い淀む事でもない。それに、この人が知っていても不思議だとも

思わない。神託師だったという事実は、広く周知されているんだから。


「そうですか。」


トーリヌス氏は、そこで少し言葉を切った。何か考えているんだろう。

俺たちは、あえて黙って待った。

やがて。


「いささか立ち入った事を訊きますが、ルトガーさんの神託師の仕事を

継ぐのは、あなたになるんですか?…ネミルさん。」

「はい。」


迷わずネミルが答える。それに対しトーリヌス氏は、俺たち二人の顔を

じっと見比べていた。


不躾だと言えなくもない。俺たちがここでやっている事は、少なくとも

ステイニーの家にとっては公認だ。他人にとやかく言われる筋合いなど

何もない。ましてこの人は、かつて爺ちゃんに世話になったという以外

何も分からない人物だ。なおさら、あれこれ言われる覚えなどない。


それでも俺には、確信めいた思いがあった。

たぶんネミルも同じだ。



この人ときっちり話をする事こそ、今は最も大事なんだろうと。

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