初めてのお客
俺は無駄に想像力が逞しい。そして変に悲観的になる時がある。
まさに今がそうだった。
誰だこの人。…ってか、何の用だ。
もしかして地上げか。
ネミルの指輪の事を嗅ぎつけたか。
まさか、俺の天恵が魔王だって事を知って脅迫に…
「ちょっと失礼。」
あれこれ考えている間に、その紳士は俺たちに声をかけてきた。
「こちらルトガー・ステイニーさんのお宅でしたよね?」
「あっ、はい。…えと……」
答えたネミルが、そこで言い淀む。しかし紳士は小さく頷いた。
「亡くなったのは存じております。…お葬式にも出たかったのですが、
どうしても仕事を抜けられなくて。遅くなって申し訳ありません。」
「い、いえとんでもないです!」
あわてて立ち上がりつつ、俺は己の馬鹿さ加減にちょっと呆れていた。
あれこれ変な想像は逞しいくせに、肝心な仮定がスッポリ抜けていた。
この人は、弔問客だ。
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とにかく庭に入ってもらった。
さすがに今、家に入ってもらう…というわけにはいかない。つくづく、
形だけでもオープンカフェを作っておいてよかったと今さら思う。
あたふたとテーブルの上を片付け、追加の椅子を出した。なおネミルは
運転手らしき女性を車の中から連れ出した。固辞していたらしいけど、
紳士が声を掛けたら渋々車を降りて庭に入って来た。20代くらいの、
やたら姿勢のいい女性だった。多分ボディーガード兼務なんだろうな。
「私は結構です。」
さすがに主人と同席するというのは許容外なんだろう。なので俺たちは
隣に出していた小さなテーブルにも椅子を追加して、彼女にはそちらに
座るよう促した。実に思いがけない接客に、深く考える間もなかった。
「すみません、今はこれしか用意がなくて…」
とにかく新しく紅茶を淹れて出す。おやつにと作って持ってきていた、
スコーンがお客さま用に化けた。
「ありがとう。ノダも頂きなさい。ひと息入れよう。」
「はい。では遠慮なく頂きます。」
おそらく、相当急いで遠方から車を走らせて来てくれたんだろう。
あえて自己紹介など後回しにする、二人の態度が逆に清々しかった。
「これは…君が淹れたんですか。」
「え?ええ、ご覧になった通り。」
紅茶を口にした紳士が、驚いた顔で向き直って問う。
目の前で淹れたんだから言うまでもないだろう。俺は即答した。
「…なかなか絶品ですね。失礼とは思いますが、ご家業は?」
「レストランを経営しています。」
「なるほど…。」
納得したように頷く紳士の向こう側で、ノダと呼ばれた運転手の女性は
モシャモシャと2個目のスコーンを貪っている。…気に入ったらしい。
俺と目が合ってあわてて居住まいを正したけど、口の端にはスコーンの
欠片がついていた。見てみぬふりをしつつ、俺はちょっと嬉しかった。
事情はまだ分からないけど、最初の客をそれなりに満足させられたと。
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「すっかり申し遅れました。」
対面に座った俺とネミルに、紳士があらためて居住まいを正した。
「私の名はトーリヌス・サンドワ。…かなり昔ですが、ルトガーさんに
お世話になった者です。」
「トラン・マグポットと申します。僕も子供の頃世話になりました。」
「初めまして。ネミル・ステイニーと申します。」
ネミルの自己紹介に、トーリヌスと名乗った紳士は目を見開いた。
「ステイニーという事は…あなた、もしやお孫さんですか?」
「そうです。」
「それはそれは…この度はまことにご愁傷様です。」
「わざわざ祖父のために来て頂き、ありがとうございました。」
しっかり答えるネミルは、やっぱり少し涙目になっていた。だよなあ。
悲しくもあるけど、こうして弔問に来る人を迎えられるというのもまた
いい弔いになる。きっと爺ちゃんも喜んでくれてると思う。
午後の日差しが心地よかった。
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「ところでトラン君、ネミルさん。…聞いておきたいのですが。」
「はい。」
背筋を伸ばして答える俺は、ある種の予感めいたものを覚えていた。
「ルトガーさんが神託師だった事はもちろんご存じですよね?」
「ええ。」
「昔から知ってました。」
別に言い淀む事でもない。それに、この人が知っていても不思議だとも
思わない。神託師だったという事実は、広く周知されているんだから。
「そうですか。」
トーリヌス氏は、そこで少し言葉を切った。何か考えているんだろう。
俺たちは、あえて黙って待った。
やがて。
「いささか立ち入った事を訊きますが、ルトガーさんの神託師の仕事を
継ぐのは、あなたになるんですか?…ネミルさん。」
「はい。」
迷わずネミルが答える。それに対しトーリヌス氏は、俺たち二人の顔を
じっと見比べていた。
不躾だと言えなくもない。俺たちがここでやっている事は、少なくとも
ステイニーの家にとっては公認だ。他人にとやかく言われる筋合いなど
何もない。ましてこの人は、かつて爺ちゃんに世話になったという以外
何も分からない人物だ。なおさら、あれこれ言われる覚えなどない。
それでも俺には、確信めいた思いがあった。
たぶんネミルも同じだ。
この人ときっちり話をする事こそ、今は最も大事なんだろうと。