王立図書館潜入
本当にこれで声が聞こえるのか?
もちろん。
表紙越しだと難しいですが、どこかページを開けてもらえれば。
ただし、今の時点で聞き取れるのはトランさんかネミルさんだけです。
なるほど。
ノダさんの天恵と同じで、繋がりの深い人間にしか拾えないって事か。
じゃあ、ちょっとやってみますね。
図書館の蔵書を見つけたら、そこで連絡を入れますので。
どのくらいかかる?
すぐです。じゃ。
……………………………………………………
どうだ、ポーニー?
おおい、返事を…
うわぁビックリしたあぁぁ!!
何だ!?
こっちがビックリしたぞ!
何があったんだよ!!
…いえ大丈夫。問題ありません。
どこがだよ。
悲鳴の理由を言えよ!
ちょっと、変なのがいただけです。
ご心配なく。こっちの世界に、って話ですから。
こっちの世界?
つまり作品世界の中にか?
ええ大丈夫、気にしないで。
それより、予想通り児童書コーナーには誰もいませんね。
出てみます。
くれぐれも無茶はするなよ。
了解です!
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シュン!!
かすかな着地音さえ響いて聞こえるほど、静かな空間だった。
西側の出窓から差し込む日差しが、誰もいない事実を殊更に強調する。
もちろん、誰かいればそれで終わりになってしまう。
この状況は、むしろこの上ないほど好都合だ。
「…さあて。」
小さな声で呟き、あたしはすぐ後ろの書架の中段を素早く確かめた。
あるある。何冊かの順番が狂ってるけど、ちゃんと全巻揃ってる。
記憶通り、廉価版の小さな文庫だ。これならポケットにも楽勝で入る。
それより、さっきのは確か…
ああこれだ、第4巻の中盤の挿絵。
よし。
音を立てないように、あたしは書架から文庫をそっと5冊抜き出した。
そしてそれらを、上着のポケットにねじ込んでおく。
おそらく、これだけあれば十分だ。いざ行かん。
おっと。
その前に、伝声を確認しないと。
ネミルさんが買って来たのは確か、シリーズの1巻だった。とすれば、
こっちも1巻を使えば適応する。
ページを開き、小声で呼びかける。
「もしもし?」
…………………………
数秒の沈黙ののち。
『ポーニーか?』
「はい。」
『児童書コーナーに出たのか?』
「出られました。」
やっぱり、中で聞いてた時より声が少し遠い。それは仕方がない。
むしろ、こっちからの声がちゃんと聞き取れるかどうかの方が問題だ。
ここから先、大声は出せないから。
「聞こえてますか?」
『小さいけど、はっきり聞こえる。その点は心配するな。』
「助かります。で、トランさん。」
『何だ?』
「もっと大声で話して下さい。」
『え?…いやそれは危険だろ。もし誰かに聞かれたら』
「大丈夫です。」
やっぱり分かってなかったか。
「そもそもそっちからの声は、このあたしにしか聞こえませんから。」
『…ああ、スマンそうだったな。』
あ、声が大きくなった。
やっぱり小声で話してたんだ。
「じゃあ、まずは廊下に出ます。」
『気をつけろよ。』
「はい。」
いよいよだ。
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ドアには窓がなかった。けど幸い、内開きになっている。これなら、
廊下に誰かいても即行で気付かれる心配はない。
キィッ。
ほんの少しドアを開け、外を確認。全体図でひととおり見ていたけど、
思ったより短い廊下だった。右手の突き当たりのドアを抜ければ、まず
総合事務所がある。その先のドアを抜ければ、いよいよ管理棟だ。
よし、行こう。
足音を忍ばせ、一気に廊下を抜けて突き当たりに到達。幸いここまで、
人の気配はない。拉致犯の人数は、最大でも10人以下らしい。なら、
そんなにあっちこっちにいる…とは考えにくい。場を抑えるとすれば、
要所要所のみになるだろう。例えばこの総合事務所とか。
そっと窓から覗くと、やはりいた。大柄なスキンヘッドの中年男性が、
エントランスの方に目を向けているのが見えた。おそらく警察の突入を
警戒しているんだろう。もちろん、今の段階でそれはあり得ないけど。
地味に、この男性の存在は厄介だ。
ここを抜けさえすれば、管理棟内。少なくとも、この男性の視野に入る
危険はなくなる。でもそのためには目の前と次、二か所のドアを抜ける
必要がある。
窓越しに見てみれば、管理棟へ続くドアは結構すぐの位置にある。
目測の限りで言えば、2枚目ドアの向こう側にもギリギリ届くだろう。
どちらのドアも今は施錠されているけど、それは関係ない。
しかし、この方法は使いたくない。
この場所から直接ドアの向こうまで跳ぶと、本がここに残ってしまう。
怪しまれる危険がある以上に、この段階で手放してしまうのは痛い。
退路が絶たれる上に、外との連絡の手段までも失う事になってしまう。
じゃあ、まずこのドアの向こうまで移動して、鍵を開けるか。
そしてドアを開け、本を全て回収。この一連の流れを二度繰り返せば…
無理に決まってるだろう。
今はこっちを見ていなくても、その一連で絶対に音を立ててしまう。
そうすればあたしの存在はバレる。逃げる逃げない以前に、警戒されて
何もかも頓挫してしまうだろう。
何とかして、彼に気付かれないよう2枚のドアを通り抜けるしかない。
さあて、どうしたものか…。