ページの向こうへと
つきあいも長く、その出自も詳しく知っている。だからこそ俺たちは、
ポーニーという存在がいかに特殊かという認識が麻痺している。
こういった機会に他人に紹介した際のリアクションに、今さら驚く。
そもそも人間ではないという点で、三人とも完全に気を呑まれていた。
それに加えて、誰もが一度は読んだ事のある児童小説の主人公である。
むしろ、普通に一緒に暮らしている俺とネミルの方がおかしいだろう。
だけど結果的に、その違和感こそが今はいい方向に作用してくれた。
シュリオさんもリマスさんも、俺の説明とポーニーの実践とを前にして
「そういう存在だ」と受け入れた。こうなればもう、話は速いだろう。
時間が無いんだから、勢いで進む。
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「なるほど、拉致事件ですか…。」
窓から王立図書館の方を窺いつつ、ポーニーがそう言った。
「で、あそこにエイランの本があるという事なんですね。」
「ああ。全巻収蔵されてるよ。」
「…ほ、本当に児童書コーナーまで一瞬で行けるんですか?」
「ご覧になった通りです。」
信じられないという態のノダさんに対し、傍らのネミルが答える。
「ノダさんの天恵と違って、彼女は本さえあれば何度でもどこにでも
移動する事が出来るんですよ。」
「なら、我々が随行する事は…」
「残念ですが、それは無理です。」
シュリオさんの言葉を、ポーニーは食い気味に否定した。
「作品世界を渡れるのは、あくまであたし自身だけなんです。他の人は
もちろん、こちらの世界の機材などを持ち込む事も一切出来ません。」
「では、身ひとつで行くと?」
「そうですね。」
「いや危険では!?」
リマスさんが食って掛かる。多分、この人ポーニーのファンなんだな。
意外と言えば意外だけど…。
「大丈夫です。危険と思った時は、迷わず逃げますから。」
事もなげに言ったポーニーの手が、児童書目録の該当ページを開いた。
「収蔵されている著書の書籍コードを確認しました。記憶が正しければ
これらは全て廉価版の文庫です。」
「つまり?」
「小さくて薄いって事ですよ。このサイズなら、まとめて持ち歩ける。
つまり、出口も増やせるんです。」
「な、なるほど…」
俺としては文字通り「なるほど」と思うだけだけど、三人にとっては
理解するだけで精一杯の話だろう。ここまできたらもう、自分の能力を
熟知しているポーニーに託す選択が最善だ。
「よし。じゃあ細かい部分を詰めていこうぜ。」
「了解です。」
答えるポーニーの声に、怖れの色は一切感じなかった。
もちろんその反応は、彼女が感情を持っていないとかでは決してない。
それがホージー・ポーニーという、愛すべきキャラクターって事だ。
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「正面切って戦えとか、そんな事は間違っても言わない。」
そう言いつつ、俺は全体図の不明な部分を指でなぞった。
「襲撃犯もトーリヌスさんも、確実にこの範囲のどこかにいる。それを
探ってくれればいい。それと廊下の扉の解錠だな。」
「簡単に開く鍵なんですか?」
「内側からなら開けられるらしい。普通の家のものとほぼ同じだ。」
「なら行けますね。」
「ちょっとちょっと!」
さすがにリマスさんが口を挟んだ。何だかこの人、ポーニーが来てから
完全に立ち位置が変わってるなあ。
「そもそも、その内側に行くために鍵を開けないといけないんですよ?
矛盾しちゃってるんですけど!」
「いや、そこはご心配なく。」
答えたポーニーは、ネミルが買ったあの豪華装丁の本を手に取った。
そしてそのまま隣の部屋へ向かい、ピッタリと扉を閉める。
『そっちで扉を抑えてて下さい。』
「え?…ああ、はい。」
彼女の意図が分からないながらも、シュリオさんが扉を手で押さえた。
『じゃあ行きますね。』
「え?いやあの、何を」
シュン!
「えっ!?」
何か言う前に、ポーニーがこちらの部屋に一瞬で現出した。
扉を抑えていたシュリオさんも他の二人も、その様子を見て仰天する。
「え…い、今のどうやって!!?」
「別に、ただの仕様なんですよ。」
そう言って、ポーニーは閉じたままの扉を指差した。
「あたしが本から外に出る際には、ある程度まで座標を決められます。
きちんと測った事はありませんが、現出できる座標の最大範囲は本から
3メートルくらいですね。つまり、扉の厚さがそれ以下なら気にせずに
透過できるって事になります。」
「えええぇー…」
さすがに三人とも引いていた。
そりゃそうだろう。この能力って、泥棒なんかにはもってこいだから。
「ただし、本が見えてない状態では飛び込めません。それが限界です。
そこはまあ、工夫で補います。」
「…………………………」
そう、ポーニーにも限界はある。
間違っても、無理はさせられない。何もかも託すってのはナシだろう。
彼女にしか出来ない事。それだけを受け持ってもらう。
そのへんは、俺たちだって同じだ。
さあ、そろそろ行ってみようぜ。