電話の向こうとこちらと
ガチャン!
ひときわ大きな金属音と共に、大型のラッパが電話に取り付けられた。
まるで蓄音機のようなその不格好な見た目に、ネミルが何とも言えない
微妙な表情を浮かべる。とは言え、今はそんな見た目はどうでもいい。
「とりあえず、これで電話の相手の声は全員で聴けます。」
改造を終わらせたシュリオさんが、そう言って俺たちに目を向けた。
「頭から疑っているというわけではありませんが、何せここにいる事は
かなりの極秘事項なので。」
「分かってます。無理を言っている事も十分承知してますから。それ」
「何でもいいから早く!」
「…あ、はい。」
食い気味に俺を急かしてきたのは、意外にもリマスさんだ。
正直、この人を説得するのが何より大変だろうなと覚悟していたのに。
いざ説明したら、誰よりも乗り気になってしまった。…何でだ?
まあいいや。話が早いのは僥倖だ。
「それじゃ。」
ネミルもリマスさんも、五分足らずで買い物を済ませて戻って来た。
さすがは首都にある本屋。品揃えも半端じゃないんだろう。
準備は整った。
================================
呼び出し音は、2秒足らずだった。
『はぁーいオラクレールでえす!』
ひび割れた間抜けな声がラッパから飛び出し、思わず皆が身を竦める。
音量調節はできないのか、シュリオさんも苦い表情を浮かべていた。
おいおい、恥かかせるな!
「ノリが軽過ぎるぞ!」
『あっトランさん!お疲れ様です!どうですか首尾は?』
「そっちはどうだ?」
『昨日はめちゃくちゃ忙しかったんですが、今日はほどほどですねえ。
慣れてきた身としては物足りないと思うくらいで…』
「そうか。」
そりゃ好都合だ。
「今、客はいるか?」
『いえ。さっき二組帰られて、今はどなたもいらっしゃいません。』
「よし。」
『それが何か?』
「いきなりで悪いんだが、今すぐに店を閉めてくれ。」
『え?…ど、どうして?あたし何かポカやらかしました?それって…』
「そうじゃない。」
あからさまにうろたえる声を遮り、俺は口調をあらためた。
「緊急事態だ。店を閉めてこっちに来てくれ。今すぐにだ。」
『え?…そんなに忙しいですか?』
「違う、仕事の応援じゃない。君の力を借りたいんだよ。」
『……何か、深刻な問題ですか。』
「人の命にかかわる事だ。」
『分かりました。でもそっちに…』
「本ならついさっき、ネミルが本屋に行って買って来た。分かるか?」
『そうですか。ネミルさんがそれをお持ちなら、見つけられます。』
「よし。じゃあ頼む。」
『了解です。しばしお待ちを。』
ゴトンという音と共に、気配が少し遠くなるのが分かった。覚えのある
物音が、ガタガタとかすかに届く。待つ時間は、何とも長く感じた。
ネミル以外の三人には、こいつ一体何を言ってんだって感じだろうな。
俺たちの地元はインザーレの田舎街ミルケンだ。電車で6時間かかる。
「今すぐ来い」なんて言う事自体、頭がおかしいとしか思われない。
それは分かってる。だからこそ今は「百聞は一見にしかず」をやる。
きっかり2分後。
『お待たせしました。』
「大丈夫か?」
『休業の札よし。戸締りよし。火の始末よし。そして消灯よし。』
「よしよし、上出来だ。」
『お片付けは後で。では。』
「頼むぜ。」
チン!
電話が切れ、俺も受話器をフックにゆっくりと戻す。それと同時に、
ネミルが手にしていた本をこちらに向けて掲げる。ハードカバー仕様の
愛蔵版らしい。豪華な装丁の表紙に書かれたタイトルも、金字だった。
すっかりおなじみのタイトル。
「三つ編みのホージー・ポーニー」
================================
数秒後。
シュン!
かすかな音と共に、俺のすぐ目の前に一人の少女が現れた。俺たちには
見慣れた光景だけど、さすがに他の3人は驚愕に目を見開いていた。
「お呼びにより参上!」
両手を広げて告げる少女―ポーニーの態度は、正直に言って場違いだ。
だけど今の俺とネミルにとっては、限りなくホッとする姿だった。
「…ほ、ホントに出てきた…!」
ノダさんの声は、うわずっていた。シュリオさんも絶句していた。
そんな中リマスさんだけは、迷わずポーニーに歩み寄って問い掛ける。
「あ、あなたがポーニーさん?」
「え?あ、はい。初めまして。」
「エイラン・ドールの天恵が実体化した存在とお聞きしましたが。」
「その通りです。」
「つまり本物のポーニー?」
「むしろ、ポーニーの原点的存在と言った方が正しいかなと…」
「そ、そうなんですね。」
なんか少し顔が赤いなリマスさん。
でも、そんなのは後だ。
「挨拶は省く。いいかポーニー。」
「はい。…何があったんですか?」
「こちらノダ・ジークエンスさん。話はしたよな?」
「確かお店を作るのにご協力頂いた方でしたよね。初めまして。」
「え、ええ…初めまして。」
「こっちのお二人は女王陛下直属の騎士だ。」
「ええっ、そんな凄い方たちが?」
さすがに驚いたらしいポーニーは、シュリオさんに深々と頭を下げた。
「不躾な登場どうも失礼しました。ホージー・ポーニーと申します。」
「ええ…僕はシュリオ・ガンナーと申します。お見知り置きを…」
「えっ、あの邪魔な鎧の持ち主の方なんですか?それじゃ引き取っ」
「いいから!余計な事言うな!」
そういや、ボヤいたの忘れてた。
でも今はそんな場合じゃないんだ。
「見ましたよね?」
三人に向き直り、本題に入る。
「彼女がミルケンにある俺たちの店から、一瞬でここに来たのを。」
「え、ええ…。」
「確かに。」
「これは天恵じゃない。ポーニーが最初から有している能力です。」
「つまり瞬間移動か転移ですか。」
「そう。ですが正確には…」
そう言いつつ、俺はネミルの手から本を取り上げて見せた。
「彼女の登場するこの小説。これがある場所に現出できる能力です。」
「そ、それで買ったんですね。」
リマスさんの声は少し震えていた。
それを受け、ネミルが大きく頷く。
「ええ。距離は関係ない。作品世界を通じて、本のある場所に行ける。
それがポーニーなんです。」
「つまり。」
本をネミルに返し、俺は蔵書目録の「児童書編」を手に取った。
「彼女なら、王立図書館の児童書の書架に忍び込めるって事なんです。
蔵書の中に、シリーズ全巻あるのを確認しましたから。」
「マジか…」
口を開けたリマスさんがそう呟く。
他の二人も同じような顔だった。
そう。
ここは賭けるしかない。
彼女なら、トーリヌスさんの許まで辿り着けるはずだ。