もう一枚の手札
行き詰まったら気分を変える。
そのための方法と言えばやはり…
「ちょっとコーヒー淹れます。」
そう告げて俺はキッチンに向かう。もちろんネミルもついて来た。
シュリオさんたちは全体図を睨み、それぞれ考え込んでいる。
さすがにキッチンが狭い。とは言えひと通りの物は揃っていた。
機械的にコーヒーを淹れつつ、俺は今の状況を頭の中で整理する。
どうにか打開策を見いだせないか…
…………………………
ダメだ。
今のままでは、これ以上進まない。
何かしらプラスアルファが無いと、堂々巡りを繰り返すだけだろう。
交渉は続いているらしいけど、もうあまり時間はない。間取り図の方も
ハッキリ言って待つだけ無駄だ。
俺たちでプラスアルファを調達するしかない。現実的に考えよう。
お湯を沸かしながら、俺はすぐ隣に立つネミルに目を向けた。
俺の「魔王」は、やはり使えない。電話を使う方法も考えてみたものの
相手が複数である以上、あまりにもリスクが高い。これは禁じ手だ。
とすれば結局、頼るべきはネミルの天恵コピー能力という事になる。
本人も協力は惜しまないだろう。
しかし、今から有用な天恵の持ち主を探すなんて悠長な事は出来ない。
そんな風に探す大変さについては、嫌というほど経験で知っている。
即時的に使える天恵は二つだけだ。
まずはニロアナさんの「読心」。
ギャラリーに戻ればすぐに再コピーできる。かなり強力な天恵だから…
…いや、これはないな。
そもそもニロアナさんは、天恵宣告を受けていないしその気もない。
言わば無断借用である。大いに問題がある。ここに来た時にはどうにか
ごまかしたけど、もう一回となると絶対にカラクリが露見してしまう。
下手するとニロアナさんの人生に、取り返しのつかない破滅を呼ぶ。
大体、シュリオさんたちは交渉担当ではなく強行突入の担当だ。今さら
心を読むとか、ほぼお呼びでない。うん、完全に却下だ。
そしてノダさんの「身代わり」。
本人はもう知ってるけど、ネミルの宣告がまだだから今はネミルにしか
使えない天恵だ。ただし宣告すればもちろんノダさんに移る事になる。
だけど、それはやめた方がいいな。
もう大丈夫と言ってはいるものの、本当に天恵を得たら断言できない。
トーリヌスさんのために身を犠牲にする可能性は、まだ消えていない。
だとすれば、やっぱりネミルが使う事になるだろう。
「身代わり」なんて表現を使ってるけど、見方を変えればこの天恵は
人と人を入れ替えるだけの能力だ。割と使い勝手はいいだろう。
繋がりの深い人間にしか使えないという制約があるから、その範囲内で
プラスアルファになりそうな人物を探す。そして協力してもらって…
いやいや、何を言ってるんだ。
俺たちでさえけっこうヤバいのに、こんな事件に知人を巻き込むなんて
気安く考えるな。そもそも、これの有効範囲って無制限だったっけか?
詳しくは知らないけど、少なくとも地元はあまりにも遠過ぎて…
…………………………
……………………………………………………
…………………………
…ん?
ちょっと待て。
今、トーリヌスさんが拉致されてる建物って確か…
王立図書館だったよな?
って事は…
「こぼれてるこぼれてる!」
注意の声には構ってられなかった。
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ガタッ!!
「何だ、どうした!?」
「トランさん!?」
隣の部屋に駆け込んだ俺に、驚いたリマスさんたち三人が声をかける。
返事をする間も惜しみ、俺はそこに積まれた書類の山に手をかけた。
どれだ!?
探すまでもなく、求める資料は一番上に積まれていた。
「蔵書目録」と印刷されている表紙の本をまとめて取り、項目を選ぶ。
あった!
その時にはもうネミルも傍にいた。チラッと見た顔から察するに、俺が
何を思いついたのかはもう気付いているんだろう。目が俺を促す。
ページを繰る手がもどかしかった。
それでも、探すのにはさほど時間もかからなかった。
「…あった、全巻。」
自分の声が上ずっている事に、俺は今さら気付いた。
さすがは王立図書館だ。
ちゃんと収蔵されてたぜ。
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「何があったんですか?」
「ネミル。」
シュリオさんの問いに答える前に、俺は傍らのネミルに告げた。
「そこの通りの角にあった本屋で、「出口」を買って来い!」
「分かった!」
「ちょっとちょっと!」
弾かれたように立ち上がるネミルの前に、リマスさんが立ちはだかる。
「もう忘れてるかも知れないけど、あなたたちは監視下にあるのよ!!
勝手な外出は許可できないって…」
「なら一緒に行ってください。」
食い気味に俺が答えた。
「ただの買い物です。問題があると思ったら止めてもらってもいい。」
「それは…」
「急げネミル!」
「了解!」
リマスさんの判断を待たず、ネミルは駆け出した。その迷いのなさに、
腹を括ったらしいリマスさんが後を追って駆け出す。
「ええ…何なの突然?」
置き去り状態のノダさんが、困惑の声を上げた。
「何をする気ですかトランさん?」
「シュリオさん。」
向き直った俺は彼に問うた。
「この電話、普通の回線として使う事は出来ますよね?」
「え?…ああ、もちろん。ただし、イグリセの国内だけですが。」
「助かります。」
「誰かに電話するんですか?」
「はい。使わせて下さい。」
「何のために?」
「二人が戻ってから説明します。」
そんなに時間はかからないはずだ。
…ってか、説明の方が難しい。なら一度にした方がいいに決まってる。
「…とりあえず、どこにかけるのかだけは教えて下さい。」
「俺の店です。」
「え?…あの喫茶店?」
「はい。」
即答しつつ、俺は思わず笑いそうになるのを辛うじて堪えた。
何でこんな根本的な事を、すっかり忘れてたんだか。
都会ボケしてるぞ、俺たち。