不遇が過ぎる騎士ふたり
「了解です。それでは」
チン!
定時連絡を終えたシュリオさんが、受話器をフックに戻す。
電話を切るトーンでおよそ察した。やっぱり芳しくないんだろうなと。
とは言え、それでいちいち悲観的になるのはもう飽きた。
「どうでした?」
「どうやら、身代金を支払う決定がなされたようですね。と言っても、
それで解放される…という流れにはなりそうもありませんが。」
「お金取られるだけですか…」
「猶予を買ったと考えるべきだ。」
あからさまにがっかりするネミルに対し、リマスさんは前向きだった。
そんな中で、ノダさんが遠慮がちにシュリオさんに問う。
「身代金って、国費からですか?」
「いや、トーリヌスさんの会社が…つまりあなたもお勤めになっている
サンドワ建設が持つそうですね。」
「そうですか。」
傍目にもノダさんがホッとしたのが判る。うん、気持ちはよく分かる。
すでに王家を離脱した者の身代金を国費で賄えば、必ず反発が起こる。
そうなった場合、救出されて以降のトーリヌスさんの風当たりがかなり
きつくなるのが明らかだ。ならば、会社の自腹の方がよほどいい。
そしてもうひとつ。サンドワ建設の人たちは、社長を見捨てなかった。
今の状況の厳しさはさておき、この決定はノダさんには救いだろう。
結局のところ、リマスさんの言葉が何よりも端的に現状を語っている。
猶予が出来たと捉えて、やれる事を探っていくだけだ。
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「そもそもの話なんですが。」
俺が話を進める事に、異議を唱える人は誰もいなかった。
こういう時に、状況を把握している人が仕切るのは意外と悪手である。
自分が分かっている事柄を無意識に端折ったりするので、認識の共有が
浅くなってしまうからだ。だから、何も知らない人間が疑問を口にして
それに誰かが答える。そうする事で皆が情報を共有し、知っている人も
ちゃんと再確認出来る。って事で、あえてこの場は俺が仕切る。
「お二人はどのくらいの情報とかを持って任務に就いてるんですか?」
「あ、それなら隣の部屋にある。」
答えたリマスさんが、背後のドアをちょっと乱暴に開けた。そこには、
書類などが収まっているとおぼしき箱がいくつも雑に置かれていた。
「可能な限り渡すとさ。」
「え、意外とあるんですね。」
てっきり身ひとつで来たと思ってたけど、こんなに持たされてたのか。
「じゃあ、さっきの全体図も?」
「ああ。一緒に持ってきた。」
「残りは何なんですか?」
「聞きたいか?」
興味深げなネミルの問いに対して、リマスさんのテンションは低い。
それはつまり…
「一般利用者に開放されている蔵書の目録。」
「え?」
「過去15年間の利用者名簿。」
「え?」
「過去20年間の貸し出し記録。」
「え?」
「過去20年間の一般職員名簿。」
「あの…」
さすがにネミルが遮った。どうやら居たたまれなくなったらしい。
「それ、何の役に立つんです?」
「こっちが聞きたいよ。」
ドアを開け放したまま、リマスさんは仏頂面でそう吐き捨てた。
「そこから犯人像を絞り出せとでも言いたいのか、どうでもいい資料を
山ほど持たされた。」
「うわぁ…」
俺もノダさんも、さすがに引いた。
もはや、やってる事が新入社員への嫌がらせレベルだ。
人の命がかかっているという緊張感が、どこからも感じ取れない。
心中、お察しします。
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嘆いても仕方ない。
とにかく、現時点でもっとも有用な全体図をもとに状況を整理する。
「本当に重要な機密は保管庫です。それはまだ、破られてはいません。
管理棟のどこかにあるはずですが、それが破られたらもうこんな膠着は
続いていないでしょう。」
「でしょうね。」
そう答えた俺は、管理棟の空白部を指で叩きながら別の事を問う。
「ところでノダさん。」
「はい?」
「専門家の意見として、この管理棟の造りは一般棟と比べてどうです?
予想で構わないんで。」
「ああ…えっと、ほぼ変わらないと思いますよ。一般棟は何週間か前に
入った事がありますが、全体構造を考えても同じはずです。」
「なるほど。」
そう言って、リマスさんが全体図をじっと見据えた。
「という事は、施錠されている扉が廊下に何か所もある以外は普通…と
考えていいんだな。」
「おそらくは。」
即答したノダさんの手が、一般棟の廊下部分を指し示す。
「何と言っても、図書館は通気性が必要です。全体構造を金庫のような
密閉式にしてしまうと、本来の用途が著しく損なわれる。別に保管庫を
設けているなら、このあたりとほぼ同じ造りになっているはずです。」
「ふむ…」
何度か頷くシュリオさんの表情は、しかし険しかった。
「間取りが不明な上に、施錠された扉か。突入との相性最悪ですね。」
「ちなみに、鍵ってどんな?」
「おそらくは一般的なものです。」
ネミルの問いにノダさんが答えた。
「外せる錠前ではなく、ドア自体に固定されているタイプでしょうね。
外からはマスターキーを使わないと開かないけど、内側からならすぐに
開けられる方式だと思われます。」
「ちなみに、マスターキーは…」
野暮と知りつつ訊く。確認は大事。
「もちろん受け取ってません。」
「やっぱり。」
「ここだけの話、僕の騎士の天恵を使えば錠前くらいは破壊可能です。
出来るからこそ、もし突入するなら自力でこじ開けろって事です。」
「ああー…」
俺とネミルとノダさんで、変な声を揃えてしまった。
どこまでピンポイントで痒いところに手が届かないんだよ。
こんな深刻な状況じゃなかったら、苦笑いしてるぞ間違いなく。
でも、もう今さらマイナス思考には用はない。
とにかく考えるだけだ。
安易なあきらめはお呼びじゃない。