命の価値それぞれ
騎士隊二人の動きはどうだ。
律儀に待機命令を守っていますね。
もしかすると、このまま傍観という立場を貫くつもりかも知れません。
連絡はよこしているのか?
定時連絡以外では、2度ほど。
こちらの交渉の進捗や、提供できる情報に関するしつこい確認です。
…やる気があるというアピールか。
それとも、本当に救出任務に本気で挑むつもりなのか。
何とも言えませんね。
あの二人にしても、馬鹿ではない。自分たちの立場の危うさはちゃんと
理解しているでしょう。その上で、陛下の期待に応えようとするか…。
他人事だな。
曲がりなりにも女王直属だぞ。
もちろん承知の上です。
事がどう転ぼうと、責めを負うのはあの二人。その事実は変わらない。
我々がいかに現状を憂いようとも、現実というものは無情です。
私とて、彼らだけに責任を負わせるというのはさすがに納得できない。
しかし、こればかりはどうしようもない話だと割り切っています。
そうだな。
お寒いばかりの現状だ。
ならせめて。
あいつらが見事に任務を果たす事を祈ろう。できる事はそれだけだ。
…はい。
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「…いけませんか。」
俺ではなくシュリオさんたち二人に対し、ノダさんは切々と訴える。
「あたし自身が望む事なんですよ。この命と引き換えにトーリヌス様が
無事に戻られるなら、惜しくない。そう考えるのは罪なんですか!?」
「いいえ、少なくとも罪ではない。それだけは確かです。」
「だったら!」
「しかし僕は、お二人の意志に介入できる立場ではありません。」
言いながら、シュリオさんは俺たち二人に目を向けた。
無責任でも逃げでもない。それは、至極まっとうな言葉のパスだった。
「どちらの気持ちもお察しします。だからこそ我々は、あなた方の出す
結論を尊重します。尊重した上で、自分たちの成すべき事をします。」
「……………」
そりゃそうだよな。
俺とネミルが言ってる事は、ただのワガママでしかない。分かってる。
ノダさんに覚悟があるというなら、これ以上の介入は度が過ぎている。
だから何だ。
どんなに憎まれようとも。
「あたしたちは、曲げません。」
そうだよな。
それでこそネミルだ。
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窓の外は、相変わらずの平穏だ。
大きなテロ行為が現在進行中とは、道往く人の誰も気付いていない。
だけど、王立図書館の中は。
そしてこの小さな一軒家の中は。
おそらく平穏とは最も遠い空間だ。
「あなたたちに、あたしたちの命の価値を決める権利がありますか。」
ノダさんのかすれた声が、容赦なく俺とネミルの心を抉る。
間違ってるとは、絶対に思わない。この人にとってトーリヌスさんが、
どれほど大切な存在なのか。多少は知っているからこそ、その言葉には
無視できない重さがこもる。
「神託師の仕事って、そこまで人に関わる事ではないでしょう!」
「確かにそうです。」
頬を赤く腫らしたネミルが答えた。
「神託師の仕事は天恵の宣告です。それ以上でも、それ以下でもない。
だけどあたしは…」
「何ですか。」
「神託師である以上に、ノダさんの友人だと思っています。」
「……………」
そこが我慢の限界だったんだろう。ネミルはぐずぐずと泣き出した。
泣いて済む話じゃない。とは言え、よくここまで耐えたなと言いたい。
そうなんだよな。
難しい言葉は出てこないけど、俺とネミルの思いは明確なんだ。
今の言葉で、確信が持てたよ。
後は俺に任せろ、ネミル。
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「命の価値って言いましたよね。」
ネミルの肩に手を置きながら、俺はノダさんにゆっくりと告げた。
「確かに俺たち二人は、自分勝手な価値を押し付けてるかも知れない。
それは否定しません。それに…」
「それに、何ですか。」
「人の命が全て平等だとか、そんなきれい事を言う気もありません。」
「……………」
俺は、涙をグッと堪えた。
そうだ。
そんなきれい事は、間違っても俺が口にすべきじゃない。当然の話だ。
だって俺は、死に戻りを殺した。
姉貴たちの命を選び、あの男の命を切り捨てたんだ。
そんな罪を背負う俺に、他人の命を等しく語る権利なんてないんだ。
だけど。
それでも。
「少なくとも俺とネミルにとって、あなたもかけがえのない恩人です。
トーリヌスさんが助かればあなたは死んでいい。そんな割り切りなんて
絶対に出来ない。他の誰でもない、俺たちにとってあなたの命の価値は
そういうものなんです。だから」
「何でよぉ…」
ぐずぐずと泣き出したノダさんが、膝から崩れ落ちてうずくまる。
「何でやらせてくれないのよおぉ!…あなたたちもシュリオさんたちも
自分の持つ力を活かそうとしているのに、あたしは何にも出来ない!!
ここにいる中で唯一、あたしにだけできる事が何もない!!そんなの、
耐えられるわけないでしょ!!」
絶叫は、甲高く裏返った。
「どうしてあたしだけ無力なのよ!どうして何もさせてくれないのよ!
あなたたちなんかより、あたしの方がトーリヌス様を案じているのに!
あたしの天恵なんだからもう勝手にさせてよぉぉ!!」
パァン!!
悲痛なその絶叫を終わらせたのは、ネミルの平手打ちだった。
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「取り消してください。」
「…え?」
「あなたが無力だなんて、あたしは認めない。そんなの認めない。」
泣き腫らした目で、ネミルはじっとノダさんを睨み据える。
さっきまでとは別人だった。何か、変なスイッチが入ったらしい。
「天恵が何だって言うんですか。」
「……………」
「あたしたちは何も、あきらめろと言うつもりなんかないんです。」
言いつつ、ネミルはノダさんの肩を掴んだ。
「まだ手は尽くしていない。もっと他に方法があるはずです。だから、
こんな悲しい手段を選ぶ前に考えて考えて考えて、できる事を何もかも
やり切ろうって言ってるんですよ。それが許されているのはここにいる
あたしたちだけでしょう!」
「確かにそうだな。」
そこで初めて、ずっと沈黙していたリマスさんが言葉を挟んだ。
「我々もまだ何もしてない。こんな状況で結果だけ出されても困るよ。
せめて全力を尽くさせてくれ。」
「そうですね。他人任せというのは騎士道に反します。」
シュリオさんも嬉しそうに言う。
「主を思うあなたのその心は、千の騎士に勝る。だからどうかその力を
我々に託してくれ。きっとそれを、トーリヌス氏も望むはずだから。」
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永い、十数秒の沈黙ののち。
「……………分かりました。」
ポツリと呟き、ノダさんはゆっくり立ち上がった。
「お見苦しい姿をお見せしました。もう大丈夫です。」
パァン!!
思い切り自分の両頬を叩いた音が、甲高く響き渡る。
「不肖ノダ・ジークエンス。持てる全てを状況の打開のために!」
「よろしく。」
「応。」
「ですよね。」
「そうですよね!!」
ノダさんの目に、光が戻った。
天恵なんかに頼らない、本当の強さを秘めた輝きが。
よおし。
見てろよ、関係者ども!!