俺たちの勝手
おっと悪い。強く殴り過ぎたか。
痣になったらすまんな。
まあ、お前がゴチャゴチャと余計な事を話してるからだぜ?
黙って結果を待ってろ。
恨むんなら、まずは中途半端な今の自分の立場を恨むこったな。
そうなるように自分が望んだなら、その自分の選択を恨め。
お前の命は、お前自身が思っているよりは重い。それが現実って事だ。
王家から離脱しているといっても、女王の子という事実は変わらない。
中途半端は自業自得だ。
黙ってそこに転がってろサンドワ。
================================
================================
「身代わり…」
うわずった声でそう呟くノダさんの目が、大きく見開かれた。
今この瞬間に何を考えているかは、俺もネミルもはっきり感じ取れた。
「それが本当なら、あたしにとって恵神ローナの恵みそのものです!」
ガタッという音を立てて立ち上がるノダさんの形相は、控え目に言って
狂信的だった。明らかに、いつもの彼女のそれではなかった。
それはそうだろう。
この異常な状況で己のそんな天恵を知れば、正気でいられるわけない。
だからこそ俺たちは…
「じゃあ、もうあたしはトーリヌス様の身代わりになれるんですね!」
「ちょっと、ノダさん?」
「落ち着いて…」
彼女のあまりのハイテンションに、シュリオさんもリマスさんも困惑を
隠せない。まさに「豹変」だった。
「いいえ。」
そんなノダさんに、俺は腹を括って声をかける。
「天恵は神託師、つまりネミルから宣告を受けないと覚醒しません。」
「え?」
「それが分かってるから、ネミルは俺に代わりに言わせたたんです。」
「ちょっ、ちょっと待ってよ。」
顔をひきつらせたノダさんは、俺に詰めよってきた。
「何でそんな余計な事を?」
「聞けば必ず、あなたはトーリヌスさんの身代わりになると思った。
だからです。」
ガッ!!
力任せに胸ぐらを掴まれ、俺の体が浮き上がる。どこにそんな力がと
思うほどの怪力で、ノダさんは俺を掴み上げていた。
「分かっててふざけた事するなよ!あたしが自分の天恵で何をするか、
そんなの知った事じゃないだろ!」
「……ッ!!」
息が詰まった。
声が出せなかった。
何とか目を向けてみれば、ノダさんの姿は表情さえも判らなかった。
他の誰にも見えない俺に対する悪意の影が、彼女を塗りつぶしていた。
キツイなあ。
これほどまで強い悪意をこの人から向けられるのは、さすがにキツイ。
正直、泣きたくなる。
だけど俺は、「魔王」の天恵を使う事は考えなかった。今のノダさんに
そんな事をするのは、ただの裏切りでしかないと思ったから。
「ノダさん。」
怒り狂った彼女に声をかけたのは、傍らに立つネミルだった。
================================
「勝手な事してすみません。」
「謝るならさっさと宣告してよ!」
「しないから謝るんです。」
パァン!
俺の胸ぐらを掴んでいたノダさんの左手が離れ、ネミルの頬を張った。
さすがに支えを失った俺は、やっと乱暴に床に降ろされる。
したたかに殴られたネミルは、涙を堪えていた。
それでも怯まずに、ノダさんの顔をじっと見据えていた。
「ノダさん。」
「……………」
「確かに身代わりの天恵を使えば、今この瞬間にでもトーリヌスさんを
救い出す事が出来る。それは紛れもない事実です。あなたの立場なら、
迷いもなくそうするという事も。」
「分かってるなら早くそれを」
「シュリオさん。」
解放された俺は、ノダさんの言葉を遮ってシュリオさんに質問した。
「何ですか。」
「もしそうなったら、あなたたちはどうするんですか?」
「……………」
「リマスさんでもいいです。質問に答えて下さい。あなたたち騎士隊の
任務がそういう形で達成されたら、その後はどうなりますか?」
しばしの沈黙ののち。
「撤収命令が出るだろうな。」
答えたのは
やっぱりリマスさんだった。
================================
「ですよね。」
嘆きも怒りも失望も、俺はその声に込めたりしなかった。どう考えても
お門違いだと分かっていたから。
ネミルを睨みつけていたノダさんの視線が、初めて二人に向けられた。
何も言わなかった。きっと彼女も、それは分かっていたからだろう。
俺やネミルにさえ分かるんだから、今さら確認するまでもない。
女王陛下の命令は、トーリヌスさんの救出だ。
王家を離脱した身と言っても、彼は陛下の愛すべき息子なんだから。
この混沌とした事態の中で、直属の部下を送り込んだのはそんな愛情の
せめてもの形なのだろう。
だけどそれは、ノダさんに対しては適用されない。おそらくそこには、
女王陛下さえも口を出せない冷徹な判断があるに違いない。
「トーリヌス・サンドワ氏の保護が確認されれば、おそらく警察隊が
強行突入を行うだろう。間取り図が無くとも、損害が出ようともだ。」
自分の中の迷いを振り切ったらしいリマスさんが、粛々と説明する。
「逃げ道はない。間違いなく犯人は全員射殺される。あらゆる疑念が
うやむやになるだろうが、おそらくそれも承知の上だろうな。」
ダン!!
黙って聞いていたシュリオさんが、拳で壁を殴る音が響いた。
歯を食いしばっているその表情が、リマスさんの推測を裏付けていた。
そうだ。
俺たちにすら、確信できる現実だ。
それが分かったからこそ、ネミルは俺にノダさんの天恵を託したんだ。
天恵を宣告すればノダさんは死ぬ。
犯人の報復か強行突入の際の銃撃によって、間違いなく命を落とす。
迷うことなく、彼女は犠牲になる。
すみません、ノダさん。
そんなもん、誰が納得できるか。