ノダの天恵
突拍子もない事を言い出したという思いは、すぐに消えた。
今のこの状況で、ノダさんがそれを知りたがるのは当然の事だろう。
ここにいる誰よりトーリヌスさんを心配しているであろうノダさんが、
わずかな可能性を求めるのは不思議でも何でもない。俺やリマスさんや
シュリオさんも、自分の天恵で何が出来るかを考えてるんだから。
「天恵宣告の代金くらい出せます。とにかく今、あたしに何が出来るか
それを知りたいんです!」
「えっと…」
その思いは察したものの、さすがにネミルも躊躇して俺に目を向ける。
確かに、こんな場所で天恵の宣告をするというのはイレギュラーだ。
ただでさえ経験の少ない身として、ネミルの迷いは充分に理解できた。
しかし、それは別に違反でもない。神託師には定住義務があるものの、
天恵の宣告は必ず家ですべしというルールがあるわけでもない。
こんな状況だからこそ、臨機応変に対応する柔軟さも必要だろう。
チラと目を向ければ、シュリオさんたちにも異存はなさそうだった。
ならばもう、拒む理由はない。俺は促すように小さく頷いてみせた。
「…分かりました。」
腹を決めたらしいネミルが告げる。
もちろん、そんなに都合よく有益な天恵が出て来るはずもない。ただ、
知らないでいるのは嫌というだけの話だ。それはおそらく、ノダさんも
重々承知しているはずだ。その上で言っているなら応えるべきだろう。
しっかりな、ネミル。
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やる事が同じでも、いつもの店から遠く離れた場所だと違和感が凄い。
それでも呼吸を整え、ネミルは対面に座るノダさんに意識を集中した。
やがてその瞳が淡い光を放つ。少し離れて見守っているリマスさんも、
さすがに興味津々だった。おそらく自分の時とは大分違うんだろうな。
そのまま数秒。
おそらく今のネミルの目には、もうノダさんの天恵は見えている。
この瞬間の表情で、およその結果が判るようになってきていて…
何だ。
どうしたネミル。
そんなに大ハズレなのか?
どうしてそんな顔に…
やがて、その瞳の光が消えた。
「どうした?」
俺は思わず、ネミルに問いかけた。内容がどうであれ、相手の目の前で
宣告を中止するというのはこれまで無かったはずだ。
「ネミルさん?あたしの天恵は…」
「すみません、ちょっと待って。」
怪訝そうなノダさんの言葉を遮り、立ち上がったネミルは俺の許へと
歩み寄ってきた。何だ、本当に何が起こったって言うんだ。そんなに、
ノダさんの天恵は役に立たない代物だったのか?
「何だよ、どうしたネミル?」
「ちょっと。」
袖を引かれ、俺は何だか分からないままノダさんに背を向けた。
訝しげなノダさんから目を逸らし、ネミルは俺にそっと耳打ちする。
…………………………
ああ。
そうか。
そういう事か。
なんてこった。
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「どうしたんですかお二人とも!」
さすがに苛立ったノダさんの言葉を受け、俺はゆっくり向き直った。
そして意を決し、ネミルの代わりに彼女の対面に腰を下ろす。
「……………?」
意味不明な俺の行動に、ノダさんは黙り込んだ。彼女だけではなく、
シュリオさんたちも訝しげな視線を俺に向ける。
そんなにジロジロ見ないで欲しい。俺だって普通はこんな事はしない。
だけど今だけは、どうしても必要な措置なんだよ。
「トランさん、一体何をして…」
「ノダさん。」
疑問の言葉を遮り、俺はしっかりと力を込めて言った。
「あなたの持つ天恵は【身代わり】なんです。」
「え?」
何だろうな。
不思議な感慨のようなものがある。
ネミルの代理なんて、そうそうある経験じゃないだろうからな。
そしてノダさん。
現実ってのは、限りなく皮肉です。
…俺はいつか、恵神ローナに本気で文句を言いたいと思います。
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「身代わり…?」
ノダさんの顔には、それまで以上の困惑の色が浮かんでいた。もちろん
シュリオさんたちも同じだった。
「それってつまり、どういう…」
「名前の通りです。」
ノダさんの困惑とは対照的に、俺は淀みなく言葉を返す。
知っているが故に、すらすらと説明する事が出来た。不本意ながら。
「この天恵を持つ人間は、自分との繋がりが深い人間の「代わり」に
なる事が出来ます。つまりその人と自分を丸ごと入れ替えるんです。」
「入れ替える?」
声を上げたのはリマスさんだった。
「どんな風に?」
「そのままです。空間を無視して、一瞬でお互いの位置を変換する。
おそらく、かなり隔たりがあっても発動するはずです。」
そう。
これは昔から知られている天恵だ。女性に発現する事が多いらしい。
実例豊富だから、記録もかなり多く残っていた。そのあたりは以前に、
ネミルと一緒にしっかり勉強した。
例えば昔のヤマン共和国では、この天恵に目覚めた者は重用された。
貧民であろうと犯罪者であろうと、王宮に招かれ贅沢三昧ができた。
しかし彼ら彼女らは、いざという時に君主の身代わりとなったらしい。
クーデターや戦争など、為政者の命の危険が迫った際に犠牲になった。
その時に命を張れるように、普段は贅の限りを尽くさせたのだという。
昔ならではの価値観が垣間見える、現実味の乏しい記述だったと思う。
だけど今、それはノダさんの天恵として歴史の中から這い出してきた。
つくづく、ノダさんは運がいいのか悪いのかまるっきり分からない。
どうしてこの局面で。
本当に、天恵はままならない。