表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
102/597

ノダの天恵

突拍子もない事を言い出したという思いは、すぐに消えた。

今のこの状況で、ノダさんがそれを知りたがるのは当然の事だろう。


ここにいる誰よりトーリヌスさんを心配しているであろうノダさんが、

わずかな可能性を求めるのは不思議でも何でもない。俺やリマスさんや

シュリオさんも、自分の天恵で何が出来るかを考えてるんだから。


「天恵宣告の代金くらい出せます。とにかく今、あたしに何が出来るか

それを知りたいんです!」

「えっと…」


その思いは察したものの、さすがにネミルも躊躇して俺に目を向ける。

確かに、こんな場所で天恵の宣告をするというのはイレギュラーだ。

ただでさえ経験の少ない身として、ネミルの迷いは充分に理解できた。


しかし、それは別に違反でもない。神託師には定住義務があるものの、

天恵の宣告は必ず家ですべしというルールがあるわけでもない。

こんな状況だからこそ、臨機応変に対応する柔軟さも必要だろう。

チラと目を向ければ、シュリオさんたちにも異存はなさそうだった。

ならばもう、拒む理由はない。俺は促すように小さく頷いてみせた。


「…分かりました。」


腹を決めたらしいネミルが告げる。

もちろん、そんなに都合よく有益な天恵が出て来るはずもない。ただ、

知らないでいるのは嫌というだけの話だ。それはおそらく、ノダさんも

重々承知しているはずだ。その上で言っているなら応えるべきだろう。


しっかりな、ネミル。


================================


やる事が同じでも、いつもの店から遠く離れた場所だと違和感が凄い。

それでも呼吸を整え、ネミルは対面に座るノダさんに意識を集中した。

やがてその瞳が淡い光を放つ。少し離れて見守っているリマスさんも、

さすがに興味津々だった。おそらく自分の時とは大分違うんだろうな。


そのまま数秒。

おそらく今のネミルの目には、もうノダさんの天恵は見えている。

この瞬間の表情で、およその結果が判るようになってきていて…


何だ。

どうしたネミル。

そんなに大ハズレなのか?

どうしてそんな顔に…


やがて、その瞳の光が消えた。


「どうした?」


俺は思わず、ネミルに問いかけた。内容がどうであれ、相手の目の前で

宣告を中止するというのはこれまで無かったはずだ。


「ネミルさん?あたしの天恵は…」

「すみません、ちょっと待って。」


怪訝そうなノダさんの言葉を遮り、立ち上がったネミルは俺の許へと

歩み寄ってきた。何だ、本当に何が起こったって言うんだ。そんなに、

ノダさんの天恵は役に立たない代物だったのか?


「何だよ、どうしたネミル?」

「ちょっと。」


袖を引かれ、俺は何だか分からないままノダさんに背を向けた。

訝しげなノダさんから目を逸らし、ネミルは俺にそっと耳打ちする。


…………………………


ああ。

そうか。

そういう事か。



なんてこった。


================================


「どうしたんですかお二人とも!」


さすがに苛立ったノダさんの言葉を受け、俺はゆっくり向き直った。

そして意を決し、ネミルの代わりに彼女の対面に腰を下ろす。


「……………?」


意味不明な俺の行動に、ノダさんは黙り込んだ。彼女だけではなく、

シュリオさんたちも訝しげな視線を俺に向ける。

そんなにジロジロ見ないで欲しい。俺だって普通はこんな事はしない。

だけど今だけは、どうしても必要な措置なんだよ。


「トランさん、一体何をして…」

「ノダさん。」


疑問の言葉を遮り、俺はしっかりと力を込めて言った。


「あなたの持つ天恵は【身代わり】なんです。」

「え?」


何だろうな。

不思議な感慨のようなものがある。

ネミルの代理なんて、そうそうある経験じゃないだろうからな。


そしてノダさん。

現実ってのは、限りなく皮肉です。

…俺はいつか、恵神ローナに本気で文句を言いたいと思います。


================================


「身代わり…?」


ノダさんの顔には、それまで以上の困惑の色が浮かんでいた。もちろん

シュリオさんたちも同じだった。


「それってつまり、どういう…」

「名前の通りです。」


ノダさんの困惑とは対照的に、俺は淀みなく言葉を返す。

知っているが故に、すらすらと説明する事が出来た。不本意ながら。


「この天恵を持つ人間は、自分との繋がりが深い人間の「代わり」に

なる事が出来ます。つまりその人と自分を丸ごと入れ替えるんです。」

「入れ替える?」


声を上げたのはリマスさんだった。


「どんな風に?」

「そのままです。空間を無視して、一瞬でお互いの位置を変換する。

おそらく、かなり隔たりがあっても発動するはずです。」


そう。

これは昔から知られている天恵だ。女性に発現する事が多いらしい。

実例豊富だから、記録もかなり多く残っていた。そのあたりは以前に、

ネミルと一緒にしっかり勉強した。


例えば昔のヤマン共和国では、この天恵に目覚めた者は重用された。

貧民であろうと犯罪者であろうと、王宮に招かれ贅沢三昧ができた。

しかし彼ら彼女らは、いざという時に君主の身代わりとなったらしい。

クーデターや戦争など、為政者の命の危険が迫った際に犠牲になった。

その時に命を張れるように、普段は贅の限りを尽くさせたのだという。


昔ならではの価値観が垣間見える、現実味の乏しい記述だったと思う。

だけど今、それはノダさんの天恵として歴史の中から這い出してきた。

つくづく、ノダさんは運がいいのか悪いのかまるっきり分からない。


どうしてこの局面で。



本当に、天恵はままならない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ