それぞれの手札
「悪意を持った相手を支配する?」
「そうです。」
怪訝そうな表情を浮かべる三人に、俺は頷いて答えた。
己の天恵を、こんな風に話す機会はそうそうない。内容が内容だけに、
あんまり軽々しく話そうという気も起こらない。当たり前の話だ。
しかし今に限っては、最低限の信頼を獲得するためにはやむを得ない。
「何と言うか、使い勝手がいいのか悪いのか想像しづらいな。」
「だろうなと思います。」
リマスさんの率直な感想に、反論を述べようとは思わなかった。まあ、
パッと聞いてすぐに活用方法なんか思いつかないだろう。それでいい。
そしてリマスさんは、さっき実際に少しだけ体験している。手を離せと
言った時だ。それがあるから理解も速かった。
ちなみに「魔王」という天恵名だけ伏せた。大丈夫だろうと思うけど、
さすがにこの名称をシュリオさんが知ったら話がややこしくなる。
察してくれたのか、三人ともあまりしつこくは訊いてこなかった。
ネミルの天恵コピー能力も伏せた。やはり、これだけは他人に軽々しく
話すべきじゃない。多分爺ちゃんも想定してなかった力だろうだから、
どこまでも慎重になるのが大事だと思った。
「なにぶん神託師は特殊な聖職ですから、ここはご理解下さい。」
どうにかこれで納得してもらった。
便利だな、神託師って言葉は。
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「それで、合気柔術というのは…」
「君も体験しただろ。」
とにかく、できる事を共有しないと始まらない。
そう言って説明を求めたら、意外とあっさりリマスさんは口を開いた。
「相手の制圧に特化した体術だよ。多数が相手でも体格に勝る相手でも
非常に高い効果を発揮できる。」
「へええ…」
威力は、確かに体験済みだ。素直に感心すると、リマスさんの顔に若干
ドヤの色が浮かぶ。この人意外と…
「どうやって習得したんですか?」
「天恵だよ。」
「じゃあ、起源とかは?」
「分からん。」
「え?」
ネミルの質問に対する答えに、俺は思わず間抜けな声を上げた。
分からん?
「それってつまり…」
「起源も創始者も何も分からない。可能な限り調べてはみたが、世界の
どこにもそれらしい体術は存在していなかった。もちろん、私自身にも
まったく聞き覚えはない。」
そんな事もあるのか。
名前すら分かってるのに、ルーツが完全に不明という事は…
「それも異界の知、なんですか。」
「そうとしか考えられないな。」
答えたリマスさんは肩をすくめる。
「こことは違う世界のどこかの国。そこで生み出され発展した体術が、
恵神ローナによって天恵という形で私に授けられた。理由なんかない。
ただその事実があるだけだ。」
「なるほど…」
言われてみれば納得は出来る。
自転車やシステムキッチンも、元を辿れば天恵がもたらした異界の知。
そしてそれは、形のある物だけとは限らないという事なんだろう。
天恵というものの不思議さを、またあらためて実感した。
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「ご存じの通り、僕の天恵は騎士。まあ、簡単に言えば武器を持たずに
武装した相手と戦える力です。」
シュリオさんの説明はごくあっさりしたものだった。
「具体的に実演しろ、と言われると少し難しい。実戦特化ですから。」
そう言いつつ、シュリオさんも肩をすくめて苦笑した。
「とりあえず、もし使えそうだなと思ったらその都度言いますので。」
「まあ、それでいいだろう。」
「ですね。」
俺たちにも、特に異存はなかった。
別にお披露目会をやる必要はない。様々な局面で出し惜しみしなければ
それでいいって話だ。説明が難しい天恵なら、なおの事だろう。
「ところで、ひとつ訊きたい。」
「何でしょうか。」
「君のその天恵は、目の前の相手にしか効果を発揮しないのか?」
「え?…あ、そう言えば。」
リマスさんの指摘で、ついこの間の出来事を思い出した。
「明らかに俺への悪意を持ってさえいれば、電話の向こうの相手でも
ある程度は行動を支配できます。」
「何と。」
「それは…なかなか凄いな。」
二人が揃って驚く。珍しい構図だ。
「うまく使えば、ここ以外の状況を変える事も出来るわけか。」
「まあ…うまく使えば、ですが。」
俺は言葉を濁した。正直、それほど自信がない。特にこんな事態では。
「図書館には電話が引かれている。もちろん交渉にも用いられている。
確か他の番号は今だけ閉鎖されて、代表番号だけ生きているはずだ。」
「なら、それで犯人を操って…」
「ちょ、ちょっと待って下さい。」
リマスさんとネミルが、どんどん話を前に進めそうになるのを止める。
「悪いけど、それは危険です。」
「どうして?前にやった時は…」
「あの時とは状況が違い過ぎる。」
「あの時」というのはルソナさんの父親から、証言を引き出した時だ。
相手はただの父親失格男だったし、こちらに危険などはほぼなかった。
しかし今はあまりにリスクが高い。
「ただ電話で話すだけじゃなくて、俺に悪意を持たせなきゃいけない。
つまり怒らせる必要があるんです。下手をすれば、その矛先が向こうの
トーリヌスさんに向きかねない。」
「ああ、なるほど…」
「それは危険過ぎますね。」
ようやく分かってもらえた。
他人を煽るのは得意になってきた。しかしさすがに、こんな状況では
上手くやれる自信がない。というか怖い。俺にそこまでの度胸はない。
とりあえず、この案は却下だ。
だけど、こういう話をしていく中で打開策は見いだせるかも知れない。
さっきまでと比べれば、大いに前に進めていると思う。
なら、どんどん案を出し合って…
「あの、ネミルさん。」
「えっ、あ、はい?」
声を上げたのは、今まで黙っていたノダさんだった。
振り返った俺たち四人は、次の言葉を黙って待つ。
何だか、そうしなければという思いがあったからだった。
数秒の沈黙ののち。
「あたしの天恵を見て下さい。」
「えっ?」
予想外の申し出に、ネミルが驚きの声を上げる。
だけど、ノダさんは真剣だった。
これまでのいつにも増して、その顔は思い詰めた表情に満ちていた。




