目指すものは同じはず
チン!
電話を切るシュリオさんの表情で、およそ結果は想像がついた。いや、
会話のトーンや漏れ聞こえる声でも大体の察しはついていた。
それでも訊かないって選択はない。
「どうでしたか。」
「イマイチでしたね、どっちも。」
やっぱりか。
================================
「まず間取り図に関してですが。」
言いながら、シュリオさんが大きな紙をテーブルの上にバッと広げる。
それは王立図書館の全体図だった。問題になっている管理棟の部分は、
外形以外が空白になっている。
「交渉自体は進んでいます。北半分に関しては今日中には受け取れると
いう見通しでした。」
そう言って指でざっと囲ったのは、空白部分の北東に当たるエリアだ。
窓から見えている正面エントランスの、ちょうど反対側になるらしい。
「しかし、それ以上となると望みは薄い。隊長の見通しではおそらく、
この事態集束に至るまでダラダラと引き延ばされそうだとの事で。」
「軍事施設でもないのに、どうしてそんなに渋るんだ…」
事情を知っているはずのリマスさんでさえ、声に苦渋が満ちていた。
とは言え、二人とも理由は分かっているのだろう。トーリヌスさんが
既に王族を離脱した身である以上、これ以上強気には出られないと。
話を聴いた限り、トーリヌスさんの「救出」をはっきり命じられたのは
ここにいる二人の騎士だけだ。なら当然、失敗責任も二人が全て負う。
交渉で解決するなら別だろうけど、強硬手段に出た時は絶対そうなる。
成功して当たり前。もし失敗すればトーリヌスさんは帰らぬ人となり、
二人も破滅する。下手をすれば命を失う事にもなりかねない。
控え目に言って究極の貧乏くじだ。
穿った見方をすれば、失敗と破滅を誰かに望まれてさえいるだろう。
女王陛下直属と言うなら、連鎖的にそちらに類が及ぶという話にも…
「それで、もうひとつの方はどんな話になりましたか?」
悲観的な想像をしていた俺は、そのノダさんの声で我に返った。
「そっちはもっと露骨です。」
シュリオさんが嫌そうに答える。
「解放された人たちは、話ができる状態ではないとの事です。しかし、
隊長もそれは全く信じていません。が、嘘と糾弾する訳にも行かない。
中の情報をこちらに下ろしたくない意図は、見え見えのようで。」
「うわぁ…」
傍で聞いていたネミルもドン引きの声を上げた。俺も全く同感だ。
仮にも図書館の中にいた人たちまで遠ざけられては、いかにこの二人が
戦闘に長けていても先手を取る事ができない。必要情報が得られない。
「もう誰が敵か分かりませんね。」
俺の不躾な言葉に、しかし目の前の二人は顔を上げる事さえしない。
犯人と交渉中と言っても、どこまで本気なのか限りなく怪しい。いや、
そもそも本物の交渉かすら不明だ。戦う前から、敗戦処理の空気。
そこでネミルが訊いた。
「女王陛下は、あなた方に何と?」
「無茶だけはするなとの事でした。それも時間がない中かろうじて。」
「……………」
何とも解釈に困る送り出し文句だ。この場合の無茶って何なのだろう。
少なくとも、自分たちの身を大切にしろという配慮ともとれる。でも、
何もしないままは許されない。
いい加減、さっきまでと違う意味でイライラしてきたな。
俺とネミルは一体、何のために仕事放り出してまでここにいるんだよ。
二人の不遇は十分理解できるけど、話が進まないのは勘弁して欲しい。
「リマスさん。」
だから俺は
あえて爆弾を投げる事にした。
「あなた、悔しくないんですか?」
================================
ガッ!
胸ぐらの掴み方が特殊で、たちまち息が詰まる。これが合気柔術か。
俺を睨むリマスさんの両の目には、怒りの色がありありと滲んでいた。
「わざわざそれを質問するのか。」
「ええ。」
息を詰まらせつつ、俺は即答する。決して目も逸らさない。
恐らく、必要な過程だと思うから。
「ここまで虚仮にされて、女王陛下直属の名が泣いてませんか?」
「黙れ!!」
「黙るか!!」
叫び返した俺は、彼女に命じる。
「いいから離せ。」
「………………!」
グッと押し黙ったリマスさんの手がようやく離れ、息が楽になる。
ここに来て、初めて「魔王」の力が発現した。
================================
「もういいです、大人の事情は。」
乱れた服を直しつつ、俺は目の前のシュリオさんとリマスさんに言う。
「苦しい立場はお察しします。が、いいかげん前を向きましょう。」
「どう向けと言うんだよ。」
「まず、俺たちを信じて下さい。」
そう言い返した俺の傍らに、スッとネミルが寄り添った。
「怪しいのは自覚してます。全てを信じてくれなんて事は言いません。
だけど少なくとも、トーリヌスさんを助けたいっていう気持ちだけは
信じて欲しい。あの人は間違いなく俺たちの、恩人なんですから。」
そこで俺は語気を強くした。
「正直に言って下さい。」
「…何でしょうか。」
「あなた方は、どうしたいと思っているんですか?」
「囚われたトーリヌス・サンドワ氏を助けて解放したい。」
声を揃えた即答だった。
やっぱりな。
結局、目指すものなんて単純だ。
その言葉に、迷いも徒労感も何だか遠くなった気がした。
「だったら俺たちやノダさんと同じでしょう。」
「…だからどうした。」
「俺にだって分かりますよ!」
そう答え、俺は二人を見据えた。
「結局、あなた方がトーリヌスさんを助け出すのが最適解だって事は。
しがらみがあるとしても、それなら誰も何も文句は言えないでしょう。
だったらここにいる者でできる事を探せばいい。それだけですよ!」
「そうだな。」
リマスさんの声に、迷いはいっさい感じられなかった。
そこで彼女は、初めて笑った。
「トラン君。」
「何ですか。」
「怖いもの知らずだな、君は。」
「お互いさまですよ。」
「そういうところがだ!」
愉快そうに言い放ち、リマスさんはぐっと右の拳を突き出した。
意を察し、俺も右の拳を突き出してゴツンとぶつける。
「いいだろう。今は君たちを信じる事にする。目指すものは同じだ。」
「ありがとうございます。」
「いいんだなリマス?」
「しつこいぞ。二言はない。」
「よし。」
シュリオさんも拳をぶつけた。
「これも騎士道だな。」
「ですね。」
「お願いします!」
ネミルもノダさんも競うように拳を握り、ゴツンと互いにぶつけ合う。
やっとだよ。
勢いのままここに来て。
つまらない足の引っ張り合いを散々見せられて。
嫌な空気や不信の目にも耐えて。
やっとここに至った。
トーリヌスさんを助け出す。
やっと思いがひとつにまとまった。