午後の庭で
翌日の午後。
「ようやく形になったな。」
「おなか減ったー!」
俺とネミルは、爺ちゃんの家の庭で並んで大きく伸びをしていた。
昨日の魔王騒ぎの後、俺たち二人はとりあえず解散した。と言っても、
投げ出すつもりなどない。いったん帰って落ち着こうという話だった。
一晩経てば、少しは頭も切り替わるだろうと考えた。
今日もよく晴れた。
さいわい、ツノやキバが生えてくる事はなかった。邪悪な感情なんかが
湧き上がってくる兆候もなかった。相変わらず、俺は俺のままだった。
とりあえず俺たちは、天恵だの指輪だのといった問題は棚上げした。
あまりにも意味不明な結果が出て、爺ちゃんの手紙への信用がけっこう
下がってしまった。もしかすると、また騙されてるんじゃないのかと。
何もかも疑ってるわけじゃないが、と言って信じるに足る根拠もない。
なので、まずは喫茶店の準備を少しでも進めようと思った次第である。
しかし、家の中の整理ばっかりだと滅入る。また変なものがどっかから
出てこないか…という懸念もある。何より、終わりが見えてこない。
そこで、ちょっと考え方を変えた。
爺ちゃんはマメな性格だったので、庭もちゃんと手入れがされていた。
何なら花壇もある。ここを有効活用しよう!という考えが浮かんだ。
いわゆるオープンカフェだ。敷石もデカいのがあるから、リビングから
大きなテーブルと椅子を二人で苦労して出して置いてみた。予想以上に
いい感じになったので、もう一回り小さいテーブルも別の場所に置く。
往来もそれほど多くないから、この形式でも喫茶店は経営できそうだ。
もちろん、規模が小さ過ぎるという課題はある。雨降ったらどうする?
という懸念もある。挙げればきりがないほど問題点が多いのは事実だ。
だけど、だから動かないというのは性に合わない。とにかくやってみて
問題は後から考える。いいところを見出すのは大事な第一歩だ。
とにかく、今はできる事をやる。
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「遅くなったけど、昼にしよう。」
「待ってましたー!」
椅子に座ったネミルは、ぱたぱたと手を動かして無言の催促をする。
手伝う気はないらしい。まあ今日はここまで、十分に頑張ってくれた。
お茶くらい俺が淹れよう。昼食にはサンドイッチを山ほど作ってきた。
ほどなく、遅めの昼食と相成った。さすがにものも言わずただ食べた。
部屋の中を漁っていた昨日と比べ、かなりの進歩である。何はともあれ
オープンカフェっぽい場を作れた。客観的に見てもいい感じである。
「…まあ、まずはこんな感じか。」
「そうだね。」
ようやく一息つき、二杯目の紅茶を啜りながらしみじみ語り合う。何か
熟年夫婦っぽくなってる気がする。いくら何でも早過ぎるっての。
だけどそれは、紛れもない本音だ。俺たちに出来る事なんて、せいぜい
この程度。結局は誰かの手を借りて進めるしかない。そういう意味では
方向性は見えてきている。とにかく欲張らず、まずは形にしていこう。
神託師を継ぐ件について考えるのはそれからでいい。
「レストランじゃないから、厨房は今のままの台所でも事足りるな。」
「だけど、使い勝手とか大丈夫?」
「まあ多少は手を加えないと厳しいかも知れないけど、何とかなる。」
「可能なら、開店の前にやれる事はやっておきたいよねぇ。」
「兄貴たちに頼む事が多くなりそうだな。仕方ないと割り切るよ。」
「さすが19歳。大人っぽいね。」
「お前ももうすぐだろうがよ。」
茶化すように言ったネミルがフフフと笑う。そういう顔がいいんだよ。
相変わらず、こいつが神託師になるイメージがまったく湧かない。
…爺ちゃんの指輪は、本当に手紙に書いてあった通りの代物なのか。
俺の天恵は本当に「魔王」なのか。
体を動かして作業している間なら、こんな事いちいち考えなくて済む。
だけどこんな風にゆっくりすると、やっぱりあれこれと頭を巡る。
爺ちゃんが嘘をついているなどとは思いたくない。ネミルも同じだ。
さすがに昨日みたいにギラギラした金儲けはもう考えていないけれど、
指輪が本物なら神託師という仕事もきっちり継がせてやりたい。それが
爺ちゃんの望みだろう。何たって、作るのに苦労したのは確かだから。
今の俺たちは、何もかも手探りだ。
ひとつくらい確かなものが欲しい。
贅沢な願いだろうか?
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そろそろ作業を再開しようかなと、ぼんやり考えていた頃。
「ん?」
馴染みのないエンジン音が聞こえてきた。しかも近づいてくるらしい。
珍しいな、こんなところに自動車で来る人がいるってのか?
「何だろ。」
「お前んちに用なんじゃないか?」
「そんなの聞いてないけどなあ。」
言い交わす間に、エンジン音の主が通りに姿を現した。…何と言うか、
ひと目で高級車と判る。こんなのに乗る人なんて、貴族か金持ちかだ。
どのみち、俺たちには関係な…
ブォン!
その高級車は、まさに俺たちのいる家の前で停まった。
え?
何だ一体?
考える間もなく、こちら側のドアが開く。そこから降り立ったのは、
これまた実に車に相応しい、身なりのいい中年紳士だった。その紳士は
家を見上げ、そして俺たちに視線を移した。
…どうやら、ここに用があって来たというのは間違いないらしい。
俺は全身が引き締まるような感覚と共に、組んだ手を握り締めていた。