誕生日の出来事
この世界には、「天恵」と呼ばれる不思議な力が存在している。
誰もが等しく、15歳を迎えた時に神託師から告げられる。
それはこの世界における唯一の神、恵神ローナから授けられる祝福。
他者が持ち得ない、その人間だけにもたらされる特殊な技能や特性だ。
天恵を得て成り上がった者もいる。世界に変革をもたらした者もいる。
この社会さえ動かす可能性として、天恵は大きな意味を持っていた。
らしい。
そう、かつては。
残念ながら、俺は見た事がない。
もちろん、自分の天恵も知らない。
そもそも、今もそれが存在しているかどうかすらも知らない。ってか、
興味がない。俺に限らず、世界中の人間の大半がそう思っている。
はっきり言って時代遅れの伝説だ。
悪いけど、俺は興味ない。
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俺の名は、トラン・マグポット。
家は、四代続く老舗レストランだ。けっこう大きな店だと思う。
俺は三男だから、間違ってもこの店を継ぐなんて話にはならないけど。
とは言え、やっぱり俺にも料理人の血ってのは確かに流れてるらしい。
自分で作るのも食べるのも、昔から大好きだ。
気楽な三男坊だからこそ、俺は自分なりの夢ってのを持っている。
それほど大層なもんじゃないけど、決意はある。努力もしてきた。
それを今日、家族の前で発表する。今日だからこそ言える、俺の夢を。
そう。
今日は俺の、19歳の誕生日だ。
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誕生日。
いくつになってもワクワクできる。我ながら子供っぽいと思ってる。
今日だけは俺も主役になれる日だ。変な遠慮なんか、する気はない。
一昨年のプレゼントは自転車だったけど、それ以外はいつもご馳走だ。
それでいい。むしろ、それがいい。食べるのも作るのも大好きだから。
それに今年は、俺としても特別な年にしたいと思ってるんだ。
天恵を授かった15歳の誕生日?
どうでもよかったなぁ、そんな事。
神託師に頼むのは金かかるし、別に天恵なんか知りたくもなかったし。
と言うか、もしも変な天恵だったらせっかくの誕生日が台無しになる。
当然のようにスルーしたっけな。
時代遅れのおとぎ話より、目の前の目標の方がずっと大事なんだよ。
さあてと。
ちょっと寝坊したけど、誕生日特権として大目に見てもらえるだろう。
ちょうど今日は祝日。店も休みだ。
テンション上げていこう!
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「おはよう、トラン。」
「おはよう。」
………
何だ。
何かがおかしい。
家中に漂う、この気まずさは何だ。
俺、何かまずい事したっけ?寝坊がそんなに心象悪かったのか?
いや、違うな。親も兄貴たちも皆、別に怒ってるような雰囲気はない。
どこまでも気まずいというか、目が泳いでる感じだ。
もしかして、俺が日を間違えてる?
そんなわけあるか。自分の誕生日を間違えるほど馬鹿じゃないぞ俺は。
うん間違いない。今日は6月7日。まぎれもなく俺の誕生日だ。
…もしかして、みんなが忘れてる?いや違う。休みなのに忙しく料理を
作ってるし、忘れてるわけがない。
って言うか、何で「おめでとう」のひと言も言ってこないんだろうか。
誕生日だぞ誕生日。俺にとって年に一度のイベントなのに…
…………
ん?
これいくら何でも、作ってる料理が多過ぎるんじゃないだろうか。
いったい何人招くつもりなんだよ。これじゃ…
…地味だな。
誕生パーティーの場で振舞う料理にしては、限りなく地味に見えるぞ。
これじゃ、むしろ…
ちょっと待て。
なんか、嫌な予感が胸をよぎった。
まさか…
「…母さん。」
「ん?」
立ち止まった母親の顔を見て、俺はある種の確信を抱いた。
「何かあったの?」
「ええ。」
もしかしたら、俺が何か察するのを待っていたのかも知れない。
向き直った母親の表情に、もう迷いの色はなかった。
「ステイニーさんのお宅から連絡があったの。」
「何の?」
「……今朝早くに、ルトガーさんが亡くなったんですって。」
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自分でも驚くほど、驚かなかった。
何となく、そんな話だという覚悟ができていたからかも知れない。
やっぱりか。
やっぱりそういう事があったのか。
しかも、あのルトガー爺ちゃんが。
家の中のこの空気に、あらゆる意味で納得ができてしまった。
ルトガー・ステイニー。
街一番の変り者の爺ちゃんであり。
そして。
俺が知っている、唯一の神託師だ。